2068人が本棚に入れています
本棚に追加
一瞬、何を言われたか分からなかった。
国王の長子である自分は、次期国王になる権利を当然持っているはずだ。それを剥奪するなんて。
「勘違いしているようだが、王位は世襲制ではない。フォレスタ公の血筋以外から王を選ぶと国政が揺らぎやすいから、安定させるために仕方なく血族から選んでいただけだ」
天使は、エミリオの内心を察したように説明する。
「変化は痛みを伴うからな。フォレスタは小さな国で、成立したばかりの頃は、順当に王の子供を選ぶしかなかった」
「……私が礼拝しに来なかったからか」
最初の衝撃が去り、エミリオは何故、王位継承権を剥奪されるのか、理由が聞きたいと思った。
理由として考えられるのは、王族として課せられていた責務の一つ、天使への礼拝をさぼっていたことだ。
「いいや、それは別に構わん。こっちも話していて楽しくもない子供と会いたくないからな」
しかし、天使はあっさりと否定した。
「なら何故」
「簡単な理由だ。お前は、魔物の災害を前に、何もしなかった。お前の父親がお前に課した仕事を達成できなかった」
「私は聖女を導いた!」
「お前の聖女は何もしていない」
そんなことはないと、エミリオは必死に言い募る。
「リグリス州は、聖女ミヤビの奇跡で救われた!」
「お前は、天地の意思である俺の言葉を疑うのか。だいたい、他ならぬリグリスの民がお前に感謝していないだろう。証明したいなら、感謝する民の一人でも連れて来い」
天使の言葉に、咄嗟に言い返せなかった。
路地裏で見た演劇を思い出す。
彼らは、聖女ミヤビではなく、氷薔薇姫に救われたと考えている。
「もう良い。お前は、全て他人任せにし、自分では何一つ考えず、何一つ自らの手で為そうとしなかった。お前の言葉には何の価値もない」
天使の言葉は淡々としているが、簡単には反論できない重みに満ちていた。言い訳は聞かないと一刀両断され、エミリオは何をしても無駄だと悟らざるを得なかった。
まるで奈落の底に落ちていくような心地だ。
しかし、現実は皮肉で、日光は天井のステンドグラスから、さんさんと降り注いでいる。
「連れて行け」
天使が命じると、司祭と騎士が両脇に立ち、エミリオをその場から引き立てる。茫然自失したエミリオは、白昼夢の中のように、ふらふら歩いた。罪人のように連れ出され、一歩進むごとに、彼が当然のように持っていた矜持や名誉が剥落するのを感じる。
友だったラニエリはどこにいるだろう。彼はエミリオを助けに現れなかった。誰のことも直接助けなかったエミリオは、誰にも助けられることはない。そのことを知るためには、しばらく時間が必要だった。
最初のコメントを投稿しよう!