葡萄畑を耕していた理由

3/16
前へ
/224ページ
次へ
 一瞬、何を言われたか分からなかった。  国王の長子である自分は、次期国王になる権利を当然持っているはずだ。それを剥奪(はくだつ)するなんて。 「勘違いしているようだが、王位は世襲制ではない。フォレスタ公の血筋以外から王を選ぶと国政が揺らぎやすいから、安定させるために仕方なく血族から選んでいただけだ」    天使は、エミリオの内心を察したように説明する。 「変化は痛みを伴うからな。フォレスタは小さな国で、成立したばかりの頃は、順当に王の子供を選ぶしかなかった」 「……私が礼拝しに来なかったからか」    最初の衝撃が去り、エミリオは何故、王位継承権を剥奪(はくだつ)されるのか、理由が聞きたいと思った。  理由として考えられるのは、王族として課せられていた責務の一つ、天使への礼拝をさぼっていたことだ。 「いいや、それは別に構わん。こっちも話していて楽しくもない子供と会いたくないからな」    しかし、天使はあっさりと否定した。 「なら何故」 「簡単な理由だ。お前は、魔物の災害を前に、何もしなかった。お前の父親がお前に課した仕事を達成できなかった」 「私は聖女を導いた!」 「お前の聖女は何もしていない」  そんなことはないと、エミリオは必死に言い(つの)る。 「リグリス州は、聖女ミヤビの奇跡で救われた!」 「お前は、天地の意思である俺の言葉を疑うのか。だいたい、他ならぬリグリスの民がお前に感謝していないだろう。証明したいなら、感謝する民の一人でも連れて来い」    天使の言葉に、咄嗟に言い返せなかった。  路地裏で見た演劇を思い出す。  彼らは、聖女ミヤビではなく、氷薔薇姫に救われたと考えている。 「もう良い。お前は、全て他人任せにし、自分では何一つ考えず、何一つ自らの手で為そうとしなかった。お前の言葉には何の価値もない」  天使の言葉は淡々としているが、簡単には反論できない重みに満ちていた。言い訳は聞かないと一刀両断され、エミリオは何をしても無駄だと悟らざるを得なかった。  まるで奈落の底に落ちていくような心地だ。  しかし、現実は皮肉で、日光は天井のステンドグラスから、さんさんと降り注いでいる。 「連れて行け」    天使が命じると、司祭と騎士が両脇に立ち、エミリオをその場から引き立てる。茫然自失したエミリオは、白昼夢の中のように、ふらふら歩いた。罪人のように連れ出され、一歩進むごとに、彼が当然のように持っていた矜持や名誉が剥落(はくらく)するのを感じる。  友だったラニエリはどこにいるだろう。彼はエミリオを助けに現れなかった。誰のことも直接助けなかったエミリオは、誰にも助けられることはない。そのことを知るためには、しばらく時間が必要だった。
/224ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2068人が本棚に入れています
本棚に追加