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その男を訪問すると言った時、カルメラは「正気?!」と声を上げた。
「姫の手柄を奪おうとした奴じゃないか!」
「ラニエリ様は、国を想ってのことですわ」
ネーヴェは、宰相ラニエリの家を訪問しようとしていた。
「先日、貝殻の粉が魔物への対策になると、手紙でお伝えしました。情報料を頂かなければ」
マントヴァ公と、その息子の宰相ラニエリは、国政の実務を一手に引き受けている。
カルメラは困惑して言う。
「サボル侯の娘さん、アイーダ様と会わなくて良いのかい」
「今会えば、彼女に負担を掛けますわ。私たちクラヴィーアは、王子の軍に襲われた。それが王家の総意でないと確約いただかなければ、他の貴族に会うことはできません」
その点、マントヴァ公の息子ラニエリなら、国王に代わりネーヴェたちの正当性を保障できる。彼らは王族に近い者たちだ。
ネーヴェはクラヴィーアの兵士を門近くで野営させ、自分はカルメラと少数の護衛を連れて、宰相ラニエリの屋敷を訪ねた。
「ラニエリ様は、公務でここにはおられません。お引き取りを」
しかし、当然ながら屋敷の執事が、ネーヴェを中に入れようとしない。
「では、屋敷の中で待たせて頂きたいですわ」
「ラニエリ様の許可なく、そのような事は」
執事は断ろうと必死である。
ネーヴェは、護衛に運ばせている荷車を指差した。
「些少ながら、手土産も持参しておりますわ。モンタルチーノの葡萄酒と干し肉……そして、シロエニシダの一級箒」
「箒?!」
「見たところ、扉の上の隙間に埃が詰まっております。水鳥羽毛のハタキも用意がありますわ」
「む……」
「革製品に揉み込むと水を弾く上等の油と、雑巾に染み込ませて拭けば嘘のように汚れが落ちる洗剤」
「そのようなものが?!」
常日頃、掃除などの雑用もしているのか、執事はよろめいた。
ネーヴェは駄目押しのように言う。
「今なら、オリーブ油で精製した石鹸もお付けしますわ。ラニエリ様が使わないなら、使用人の湯船に備えてみてはいかが?」
「!!!」
執事は衝撃にうち震えた。
主人のラニエリは気にしていないだろうが、屋敷の管理をする者たちは仕事の都合上、綺麗好きにならざるをえない。
「どうぞ、お入り下さい」
こうしてネーヴェは、ラニエリが帰ってくるまで、彼の屋敷の使用人と掃除談義に花を咲かせたのだった。
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