葡萄畑を耕していた理由

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 聖堂に同伴させろと無茶を言われたラニエリは、断るだろうと思われた。  しかし、彼は眉間にシワを寄せながら「分かりました」と頷くではないか。 「よろしいのですか」 「構わないですよ。私は、あれから考えたのです。生意気なあなたを、どうやって()らしめるか」  ラニエリは暗い笑みを浮かべた。 「あなたが嫌がること、それは、あなたの意にそぐわぬ婚姻をすることでしょう。でしたら、私はそれを達成してみせます」 「は……?!」 「心など要らぬと言っているのです。あなたの言う通り、私は数字(しごと)が好きな男ですから」    それは遠回しで、かつ、大層ひねくれた告白だった。  いまだかつて、このように迂遠な求婚は、受けたことがない。どうやらネーヴェの指摘はこの男の心を地味に傷付け、想定外の方向に(こじ)らせてしまったらしい。  ネーヴェの意表を突かれた顔を見て、ラニエリは満足そうにした。 「私を利用しようとしたことを、後悔させてあげましょう」 「……受けて立ちますわ」  ネーヴェは我に返り、けして彼の思い通りにはならないと胸を張る。  空中で、二人の間に目に見えない火花が散った。  寒々とした応接室で、ただ一人ラニエリの執事だけは「坊っちゃんが女性と仲良くするなんて……!」と感動している。しかし、彼の勘違いを誰も正せない。  聖堂の手前で待ち合わせすると決めた後、ネーヴェは足早にラニエリの屋敷を辞した。 「大丈夫かい? 姫」 「カルメラ」  ここまで付いて来てくれた、女傭兵カルメラが、心配そうにネーヴェを見る。彼女は本当の姉のように、ネーヴェに親身になってくれる。 「姫の護衛としては、反対だよ。聖堂の中まで付いていけない」 「聖堂の中では、争いや殺傷は禁じられています。この国で一番、安全な場所ですわよ」  天使のいるという噂の聖堂は、一種の中立地帯として知られる。  厳重に警護され、関係者以外は立ち入れない聖堂だが、真に助けを求める者は(こば)まないとされていた。窮地に瀕した者が駆け込むことがあると、暗黙の了解になっているほか、敵対する権力者が会談を(もう)けるとしたら、教会か聖堂と言われている。  確かに安全なのだが、同行するのがラニエリというのが問題だった。 「姫の相手としては、シエロの旦那を推すんだけどねぇ」  あのシエロという男は、ネーヴェを気に入っていると思う。しかし、だからといって積極的に会いに来る訳ではない。何か事情があるのだろうと推測しているが、第三者のカルメラとしては歯痒い。 「どうしてか、親切で真面目な良い男ってのは、なかなか手に入らないものだね」    カルメラは、きょとんとするネーヴェの頭を、ぽんぽんと撫でて苦笑する。良い男が余るほど多ければ、自分はこのように一人で流浪の旅をしていない。  そんな複雑な胸中は、ネーヴェには分かるはずも無いのだった。
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