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(※ネーヴェ視点)
ラニエリが階段を登っていくのを見送った後、司祭の一人がネーヴェの前にやってきて、頭を下げた。
「あなたのことは、シエロ様から伺っています。奥で話がしたいそうなので、こちらへ」
「分かりました」
司祭が手招きする。
ラニエリに付いてきた護衛たちが怪訝そうにするが、構わずネーヴェは司祭に付いて歩き出した。
「この先は女人禁制ですぞ」
「シエロ様のご指示です」
「……」
途中で、案内の司祭が他の司祭と揉めていた。
女人禁制とは、いったいどういうことだろうか。
ともあれ、シエロの指示は絶対のようで、司祭はネーヴェを連れて進むことが出来た。そして、呼び止められたのは、それが最後だった。
二人は聖堂の外に出る。
聖堂は街の中にあるが、深い森に囲まれている。街の喧騒から遠ざかり、ここだけは静寂に包まれていた。
奥庭には、いくつかの建物があり、ネーヴェはその一画に案内された。
年代を経た建物は、あまり掃除されていないようだ。目に付きにくい場所には蜘蛛の巣が張り、棚の上には埃が積もっている。家具は必要最低限で、本当に人が住んでいるのかと思うほど殺風景な屋敷だった。
建物の主は、外と中を区切るのが嫌だったのか、窓が多い開放的な造りだ。どこからも森が見えるので、屋敷の中なのに野外にいるような感覚になる。
「お恥ずかしい話ですが、ご覧の通り、あまり掃除が行き届いておりません」
ネーヴェの視線に気付いた司祭が説明する。
「ここでお待ち下さい」
司祭はネーヴェをベランダに面した応接室に通し、立ち去った。
飲み物も菓子も出さずに、である。嫌がらせではなく、単に来客が少なくて気がきかないだけのようだと、ネーヴェは察した。
それにしても、なんと静かなのだろう。
人の気配が、まるで無い。
ネーヴェは手持ち無沙汰になり、立ち上がってベランダに歩みを進めた。
ベランダの外を見ると、枯れ木が垂れ下がっている。
枝は太く、蛇の胴体のように、手すりや屋根に巻き付いていた。しかし、その全ては既に命を失い、からからに乾いて朽ちている。
「葡萄……?」
「昔、友人が植えた葡萄だ」
背後から、返答があった。
「手入れを損ねて、いつの間にか枯れてしまった」
「シエロ様」
振り返ると、部屋の入り口に、司祭衣を着たシエロが立っていた。
彼はネーヴェと視線を合わせ、淡く微笑んだ。
髭が無いと表情がよく見える。端正な面差しが浮かべる柔らかな笑みは、耐性が無ければ心臓を撃ち抜かれる威力だ。ネーヴェ以外の女性なら一撃で心を奪われている。
「よく来たな。俺に会いに来てくれたのか」
「たまたまですわ。聖堂に来る用事があって……本当に会えるとは、思っていませんでした」
シエロの声は、どこか甘い響きを含んでいる。
何となく気恥ずかしいネーヴェは、わざと素っ気なく答えた。
「シエロ様は、王都のどこにお住まいなのですか? 次はそちらに伺います」
「ここに住んでいる」
「え?」
「冗談だ」
人の気配がまるで無いので、この古い屋敷は、聖堂に訪れる数少ない人をもてなす施設かと思っていた。
ネーヴェが疑問符を浮かべると、シエロはさっと撤回する。
「俺は風来坊のように、好きなところへ行くのが趣味でな。ほら、お前とも葡萄畑で会っただろう」
「え、ええ。そうでしたわね」
嘘だ、とネーヴェは直感する。
もしかして、本当に、この寂れた古い家に住んでいるのだろうか。人の声が聞こえない、枯れた葡萄の木がよく見える、この家に。彼の家族は? 葡萄を植えたという友人は、どこへ行ってしまったのだろう。
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