葡萄畑を耕していた理由

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 汚しても良い衣服に着替えるとシエロが言い、それに狼狽(うろた)えたトマス司祭が右往左往した末に「私も手伝います!」と言い出した。  こうして、三人で大掃除をすることになった。 「男手が増えてようございますね。それでは家具をどかして(ほこり)を払いましょう」    とは言っても、置物が無いがらんどうの屋敷だ。  埃を払うだけなら、すぐだった。  ネーヴェは屋敷を見回し、足りないのは掃除ではなく、装飾だと感じる。   「それにしても、寒々しいですわね。カーテンはありませんか? 絨毯は?」    ネーヴェの問いかけに、トマス司祭は「ございます」と答える。 「聖堂の倉庫には、寄進された家具絨毯類で使いきれないものが、沢山ございます。ああ、確かに言われてみれば寒々しい! 我々は気付きませんでした!」 「カーテンは、淡い黄色いものが良いかと。絨毯は、深い青はございますか」 「持って参ります!」    トマス司祭は倉庫から布類を持ち出して来た。  聖堂に寄進されるだけあって、奇抜な色や模様の布はなく、どれも落ち着いた上品なデザインだ。  トマス司祭はネーヴェの意を汲み、濃紺の絨毯とクリーム色のカーテンを持ってきた。ちなみに何故その色合いにしたかというと、シエロを見て連想した色合いだからだった。青と黄色は聖なる場所を連想させる色合いであるから、問題ないだろう。ネーヴェは屋敷の中を見て回り、それぞれふさわしい場所に設置した。  石造りの壁と、木材を組み合わせただけの簡素な住居に、柔らかな布がひるがえると、空間に(ぬく)もりが生じる。  タペストリーや、テーブルクロス。椅子の座面に敷くクッションも、あるだけで印象が変わってくるものだ。 「……人の住む家になったな」    シエロが感心したように言ったので、ネーヴェは呆れた。 「天使様が人ではないからと言って、手を抜いて良いということにはなりませんわ」 「何故お前が怒る?」 「なぜって」    空虚な印象の屋敷と、荒れた果てた奥庭の有り様に、腹を立てていたのだと、今さらのように気付く。  シエロは、そんなネーヴェを優しい眼差しで見ている。  彼の深海色の瞳を向けられると、なぜかネーヴェは心臓が高鳴って、顔を背けた。 「風邪でも引いたのかしら」 「?」 「あ、トマス様。そこは絨毯を敷く前に、確かめたいことが」    ネーヴェは、居間に絨毯を敷こうとしているトマス司祭を呼び止めた。 「その床だけ、足音が違って聞こえるのです。地下に空洞があるのでは」 「……本当ですね」    三人は、その床の一角を覗き込んだ。  ネーヴェは床を叩いて構造を確かめる。よく見ると、床板に隙間があり、持ち上げることが出来そうだった。  古い木の板を、壊さないよう慎重に()がす。  すると、土に埋まった素焼きの土器瓶(アンフォラ)の頭が見えた。とても古い、葡萄酒の瓶だ。 「……」 「シエロ様?」 「……やられた。あいつ、こんなところに酒瓶を隠すとは。ここは聖職者の集まる聖堂だぞ」    シエロは意表を突かれた様子で、まじまじと葡萄酒の瓶を見つめる。その呟きには、隠しきれない動揺があった。  
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