不思議なポケットと世界の終わり

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 空が厚い雲に覆われた、木枯らしがふきさぶる昼下がり。コンビニに向かう途中で僕は不思議なものを見つけた。それは大きな白い生地のポケットだ。脱ぎ捨てられた服……とかではなくポケットが単体で落ちていた。某国民的アニメに出てくるポケットをイメージすれば分かりやすいと思う。  そんな不思議なポケットの魅力には抗い難く、拾ってみるとポケットの中にはキラリと輝く粒のようなものが一粒入っていた。砂金……にしてはやや大粒の小さめの金塊のようなそれを見て僕はポケットを叩くと中のビスケットが増える童謡を思い出して、何気なくそれを叩いて中を覗き込んでみた。 「……増えてる?」  ポケットの中にはキラリと輝く金塊が二粒。まさかと思ってもう一度叩いてみれば今度は四粒になり、そこから更に叩けば八粒、十六粒とあの歌のようにその金塊は増えていく。  その不可解な現象に困惑しつつもこれは面白い物を見つけたとすぐに家に帰ってポケットの金塊が増えていくその様子を撮影し動画としてSNSに投稿してみればすぐにそれは話題となって大勢の注目を浴びる事になった。最初こそただのフェイク動画だろうと思われ単純にポケットから金塊が溢れ出していく奇妙な光景が面白いと話題になっただけで不思議なポケットの事なんて誰も信じていなかったけれど、誰かが動画を解析してフェイク動画の可能性は低いという結果が出た事によって更にこの不思議なポケットは話題を呼ぶ事になった。当然、メディアがこの話題性抜群の不思議なポケットに目を付けない筈も無く、僕は程なくしてとある雑誌記者の取材を受ける事にした。 「今回は取材を受けて頂きありがとうございました。早速本題に入らせて頂いてよろしいでしょうか?」 「大丈夫です。とは言っても何を話せばいいのか全然分からないんですけどね」 「ははは、とにかくまず最初の質問をさせて頂きましょう。今回のポケットを見つけたキッカケは――」  質問……と言っても殆ど雑談に近いやり取りを始めてから大体30分が過ぎた頃、記者の人はきっとこれが最初から目的だったのではと思わせる程、真剣な表情を浮かべとある提案を僕にしてきた。それは不思議なポケットを記者の人の伝手で研究機関に持ち込んでこのポケットの謎を解明させるというものだった。謝礼金も出る事に加え、思っていた以上に注目を浴びる事になった不思議なポケットについては僕は正直扱いに困っていたからその提案に乗る事にした。そして取材を受けたその次の日には不思議なポケットは研究機関に送られる事になった。  『次のニュースです。SNSで拡散し、今や世界中でその注目を浴び専門機関でその謎の解明を進めている不思議なポケットですが、本日研究機関によるとポケットの中から発見された金塊は純度100%の金。正真正銘の金だという事が発表されました。物理法則を無視したこの現象に専門家は――』  今や僕の手を離れた不思議なポケットの話題は日夜ニュースで取り上げられている。もはや僕にとって殆ど他人事になってしまった不思議なポケットだがその研究が進められていくうちに発見された危険性とやらを専門家が語っているのを僕はテレビで聞いた。 「理論上、無限に増え続けると思われる金塊は倍々に増えるその性質上、ポケットを連続して叩けば数秒で地球を金塊で埋め尽くしてしまう事が分かりました。現に最初はポケットから零れる程度だった金塊は研究の為、何度かポケットを叩いただけで既に研究所内の数フロアを埋め尽くしています。この危険性から今後このポケットの使用を厳禁とし厳重に保管する必要があると我々は結論付けました」  話を聞いただけではバカバカしく感じられるかもしれないが、実際に夥しい量までに増えた金塊を映した映像は見る者に恐怖を抱かせるには十分でその提案はすぐに認証され研究所内で厳重に保管される事になった。然し、その数週間後にその研究所は溢れ出した金塊によって崩壊し、多数の死傷者を出す事故を起こしてしまった。真相は分からないが、噂によると金塊を無限に増やし続けられる不思議なポケットの希少性に目を付けた大企業が研究所員と結託して不思議なポケットを持ち出そうとした事による事故だとか、研究機関が独断で分析を進めようとした結果だとかあらゆる憶測が飛び交った。真相は分からないままだったがその事故は研究機関と政府、更にその保管の運用方法について世間に不信感を抱かせるには十分な出来事で不思議なポケットの扱いについて見直しがなされた結果、世界的に尤も信用の厚いNPO団体が不思議なポケットの状況を民衆に公開する形で厳重に保管する事になった。  それから暫くの間、不思議なポケットに関わる事件はすっかり鳴りを潜めその話題性も少しづつ落ち着きを取り戻していった。テロリストが不思議なポケットを狙っているだの、NPO団体が裏社会と繋がっており金塊を着服しているだの色んな噂はあったが結局それらしい証拠も無く僕自身の生活からもすっかり不思議なポケットは遠い存在になってきたその矢先だった。――世界の終わりは突然やってきた。  ある日、いつものように自宅のリビングでテレビを見ていると突然携帯のアラーム音がけたたましく鳴り響いた。最初は地震が来るのかと身構えていたけれどその予想が外れていた事はすぐに身を以て実感する事になった。家の扉、窓ガラス、ありとあらゆるものを破壊して雪崩込んでくる金塊。ソファにしがみついたまま家の外に押し流された僕が見た光景は夥しい金塊の中に沈んでいく町の姿――世界の姿だった。  僕は今、金塊に埋もれていく世界の中で生き残っている僅かな人達と最後の時を過ごしている。僕達も、もうすぐ増殖し続ける金塊に呑まれてしまうだろう。日頃から趣味で付けていた日誌。もう誰の目にとまる事もないかも知れないけど気休めに今回の事件についての記録として残しておくことにする。不思議なポケットの金塊異常増殖の原因はポケットからあふれ出た金塊がその密度からポケットに衝撃を与え、自然的に叩き続ける事になったのが原因らしい。厳重に保管されていた筈の不思議なポケットの金塊が増えた最初の原因は人間の悪意なのか欲望なのか、それとも好奇心だったのかそれは今となっては分からない。今の僕に出来る事は最後に見えるこの黄金に輝く地平線を目に焼き付けておく事だけだ。  ――以上が遥か光年先で発見された『通称:永久の黄金の星』で発見された原住民の日誌らしきものの一部だ。この日誌内に出てくる不思議なポケットという存在が重要なものだと推測されるがその全貌は全く明らかになっていない。現在もなおこの宇宙空間で増殖し続ける黄金の星の謎が解明できる事を私達は強く願っている。
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