白の境界の上で

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──冷たい静けさが満ちている。鼓膜にきぃんと響くほどの確かな音のある静寂は俺の首筋を撫で、頬に触れ、執拗に抱擁を交わそうとしてくる。 髪に凍りつくような温度を絡ませ、いたく執拗に、哀しげに引き寄せてこようとするのだ。俺はしずかな悲しみを振り払うことも出来ず、ただひとりその場に立ち尽くしている。 「──」 足元には白い花びらが隙間なく敷かれている。踏んで躙ることで一瞬にして穢れてしまうそれを汚してしまうのが惜しくて、怖くて、俺はただひとりその場に立ち尽くしている。清廉な白が俺の手によって穢されることがひどく恐ろしかった。一歩歩めば取り返しのつかないことになりそうで。 「──」 一歩も踏み出せずに、俺はただ立ち尽くしている。 頬にも、髪にも触れる哀しい手は、俺の頭を撫でる。 ここに居てほしい、どこにも行かないでほしいと。 共に朽ちるまでここに居てほしいと。 「……」 ……ポケットからハンカチを取り出して足元に落ちる真白な花びらを拾い上げた。傷つけぬように大切にやわい布でくるむと、またポケットの中へ仕舞い込む。 ──もしこの場で数多の時を経て俺が朽ち、斃れたとしても。この花びらたちが清らかだったその証を確かに残しておきたいと思ったのだ。 触れる哀しい手に、指に、微かな温度が灯った。 『やさしいこ』 『あなたはやさしいこ』 『どうかいっしょにいて』 『いっしょに』 『いっしょに』 『わたしと、わたしたちと、いっしょに』 絹糸よりも細く柔らかい声が、辺りに木霊した。 『ひとりはこわい』 『ひとりはいやだ』 ──分かってる、分かってるよ。 俺はポケットをそっと撫でる。 大丈夫。君たちが、君がここに存在していた証は、 「ちゃんと、ここにあるから」 ……ふわり、と。空から陽の光を透かす羽根が落ちてきた。
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