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「お母さん、その後どうなの?」
喫茶店で、久しぶりに娘と二人きりでお茶をしていた。いつも月一の食事は夫も一緒なので、娘と二人の時間は意外と少ない。電話はちょくちょくしているのだけれど。
「変わらずよ。休みの日にご飯に行ったり、映画に行ったり」
私には好きな人がいる。それこそ、夫と出会う前からずっと好きな人が。
「やることはやってるんでしょ」
娘は臆面もなくそんなことを聞いてくる。こんな話ができるようになったのも、娘が二十五を超えてからだったような気がする。
「もうそんなに若くはないからね。昔ほどではないけど、たまにはね」
本当にたまに。私はずっと自分を止められないでいた。昔、ずっと昔に付き合っていたことのある人にずっと想いを寄せていることを娘に話したのはいつのことだっただろう。
「好きなんでしょ?」
「ええ、それはもう」
「離婚して、付き合えばいいのに」
「向いてなかったから」
向いていなったのだ。私たちは体を重ねること、たまに会って話すこと、彼の趣味の映画に付いていくこと。そういったことはできたけれど、付き合うことには向いていなかった。だから別れたのだ、私がまだ二十代前半の頃に。
それから数年は連絡も取らなかったのだが、あるときふと連絡を取り始めて、それからはゆっくりゆっくりと彼を知る時間になったように思う。付き合っていた頃はすこしも彼のことなど分かってはいなかったのだ。
「お父さんのこと、もう好きじゃないんでしょ」
娘は本当に直球でものを言う。それを私はどこかすこし居心地の悪いような戸惑うような心持ちになるが、聞かれたことには正直に答えることにしている。
「恋愛感情…ではないわね。結婚当初から、もう家族みたいなものだったから。でも好きよ、だってお父さん面白い人でしょう」
そう言って微笑んだ。
夫はよく冗談を言っては私たち家族を笑わせてくれる人だった。頑固で、曲げられないところは持っていたものの普段はとても愉快な人だ。
「たしかに面白いけど、お母さんお父さんといると窮屈そうだなって子供のころから思ってたよ」
窮屈だと思うことは山ほどあった。家事一切を手伝おうとはしてくれなかった夫。それでも育児だけは喜んでやってくれていた。子供が好きな人だった。ただ、笑顔でいられる日常をくれるところが別れなかった理由だとすら思っている。
「窮屈ではあるわね。やりたいことがあっても家のことをやらなくてはならないからなかなか自分の時間は取れないし、働いていないと機嫌は悪くなるし。でも、お陰でへそくりを作ることもできるんだから逆に感謝しなくちゃいけないかもしれないわね」
私はまたクスッと笑う。
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