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なんとなく、冷や汗が出た気がした。今から私はなにかとてもおそろしいことを聞かれる気がした。ほんとうになんとなくだけれど。
「お兄ちゃんって」
その言葉に私は息をのんだ。
「どっちの子供?」
娘はきっとどこかで勘付いていたのだろう。娘は私に似たけれど、息子はどちらにも似ていないことに。
「……いつからそう思ってたの」
「お父さんにもお母さんにも似てないなとは思ってたけど、お母さんから彼の話を聞いてからかな」
「分からないのよ」
「え?」
私は本当のことを話すことにした。今更、娘と私の間に秘密など意味がないのだ。
「彼も夫も同じ血液型でよかった、と思ってるわ。彼が避妊をしなかったとき、すこし不自然だったけどすぐに夫ともしたのよ。子供ほしいって言ってたでしょって」
言っていて、自分でも自分が怖い女だとは思っていた。
「そしたら本当に妊娠していて。でもたぶん…彼の昔の顔に似てる気がするのよね」
私がすべてを白状して娘の反応を待っていると、意外な言葉が返ってきた。
「やっぱりね。良かったね。お母さん彼の子供、本当は欲しかったでしょ?」
私の心を読んだかのようなその言葉に私は驚きを隠せなかった。どうしてこの子にはなんでも見抜かれてしまうんだろう。
私が黙っていると娘は続けて言った。
「私も前にいた彼女のとき、あーどうして男じゃなかったんだろうって思ったもん。そうしたら、二人の子供が生まれたのにって」
思うことは同じだったのだ。私は元々子供が好きな性質ではなかったけれど、彼との子供は欲しかった。逆に、夫との子供を欲しいとは思っていなかった。それでも、一人じゃ可哀想だろうと二人目を希望したのは夫だった。
「あなたもそう思ったのね。私たち、やっぱり似てるのね」
私たちはくすくす笑った。さっきまでの緊張が嘘のように。
「お母さんは幸せぜんぶ持ってるんだね、羨ましい。楽しい家庭に、大好きな人との関係に、大好きな人との子供。これ以上望んだら罰が当たっちゃいそう」
娘に言われて、本当にそうだと思った。だから、私は最後の望みだけは諦めることにしていた。
「そうね、これで彼と一緒のお墓に入りたいなんて言ったら、罰が当たるわね」
「やっぱり。そう思ってると思ったよ」
娘は笑っていた。だから私もやっぱり笑った。娘が女友達みたいでよかったと思った。潔癖でなくてよかったと思った。私は最高の娘まで授かっていたのだと思うと、二人目を作ると言った夫に感謝の気持ちが湧くのだった。
同じく現役を引退して今は警備員をしている彼とのデートが週末に控えている。もう随分と大人っぽい髪型――前が禿げ上がっているので、彼は坊主にしている――になった彼。それでも、垂れた目も大きな鼻も変わらない彼。彼とのデートを楽しみにしながら、母娘の女子会は続くのだった。
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