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溜息の権化
ちんまりと窓辺の席に着き外を見遣ると、その景色は裏路地の壁ではなく、夢幻的なオリエンタルな街並みが広がっていた。このレストランだけが別次元に切り取られてしまったように見える。
呆気に取られて居たが、未だ尚心に渦巻く感情の渦に耐え切れず、誰もいない事を良い事に、思い切り溜め込んでいた溜息を吐くと──
一気に辺りが暗くなった。雨雲によってではない。窓から燦々と降り注いでいた木漏れ日を、気配も無く巨体が遮っていたのだ。
「っ!っぁっ……あ、ぁあ……!化け……モノっ、」
戦慄き声を震わせる僕の真横を陣取って居たのは、淡藤色の獅子の鬣に似た剛毛な髪と顎髭の獣人。
その顎髭の下には、呪文が刻まれた黄銅の髪留めで結ばった、長い口髭が乱雑に編まれた二本の三つ編みが垂れ下がっており。口髭を撫でる無骨な指からは非常に長い鉤爪が伸びていて。
揺れる牛の尾、見上げる程に大きな毛深い熊の胴体。四肢は虎のようである。身体は僕の目線の高さで宙に浮き、胡座を崩した立て膝座りをしている。
そして品定めをするような黄色い犀の目が、ニタリと僕を見据えており。後頭部側へと生えた貫禄がある牙の隣で、悠々と揺れている象のように長い鼻の所々には、思わず目を引く程綺麗なエメラルドの大きな球が指輪の如く幾つもあしらわれている──
「ン"んんんっ!!!なんともゥ、Excellent──…で、ございますなあァ!!ふっは、っは、は。失敬、驚かせたかなァ?少年ンん。いやはや思わずゥ、芳・醇・な!溜息の香りがしたものでなァあ……」
獣人は、凶悪な相貌と反して朗々たる快活な声色で、無駄に発音の良い感想と共に、耳にこびり付く癖の強い語尾で紡いだ後、ソワソワと落ち着かない様子で、空中を歩くように僕の周りを彷徨いていたが、我に帰ったように元の位置で立ち止まり咳払いをして。
「──コホンッ。我が名はヂュアンファン。その悩みィ、我輩がァ美味しく!〝変換〟してしんぜようゥう。あァ、誰にも言っちゃァいけないよゥ?我輩は本当に必要な者の所にしか、訪れないからねェ。」
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