汝の調理法は無限大

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汝の調理法は無限大

「んっふ、ふ。やっと、肩の力が抜けたようだねェえ。どうかな少年ンん、気付いたかなァ?汝の〝味〟にィ。」 「あぁ…。僕って…こんな〝味〟がするんだね。──」 「万人の舌に寄り添わねばと、一から十まで〝誰かが決めたレシピ通り〟にしようと齷齪(あくせく)するよりもォ、自分流の分量にえぇい!と変えてしまった方が旨い事もあるのだァ。それにィ材料に限りがあったとしても、その素材を活かした味にするのが料理であるからしてェえ?──故に、そんな完璧で在ろうとせずともォ、汝の味は涎モノだぞェえ!」  ──見透かされた。ヂュアンファンの比喩は僕にとっては腑に落ちてしまった。誰かに自分を〝旨いモノ〟だと認められなければ、と必死になり過ぎてしまっていた事を。終わりのない努力その物に囚われるあまりに自分を見失い、迷子になっていた事を。それが空回りの要因だと、僕は自覚した。  長所(旨い調理法)に〝こうでなければならない〟事など無い。焼くだけでも材料を活かせるなら、この身一つでもその価値がある物──だとしたら。そこまで思考を巡らせた時、ヂュアンファンが続ける。 「汝の日常生活で上手く〝自分の境界線〟を引けずに、心に余裕がなくなりそうになったらァ…我輩を思い出しながら、ひと吐きし給え少年ンん。さすればァ汝の〝ここ〟で!また料理をしてやるともォお……」  ヂュアンファンは片目を瞑りながら、鋭い鉤爪の人差し指で僕の胸の上をトントンとノックをした途端、僕の視界が霧に包まれて霞んでいく──礼を告げる前に消えゆくヂュアンファンへと咄嗟に手を伸ばすも、気付けば僕が座っていたのは裏路地の小さな岩の上。見渡せどもそこには既に、レストランは跡形もなかった。  その代わりに僕の目の前にひっそりと聳え立っていたのは、横向きで描かれたヂュアンファンと人間が向かい合う、落書きのようなひび割れた岩壁画。ヂュアンファンが人間が吐いた溜息を吸い込む一連の儀式が刻まれている。  ヂュアンファンが誰かに細々と祀られているのか、その岩壁画を挟むように並び立つ木の枝の間に、不揃いの紙垂が付いた、手作りらしき細いしめ縄が垂れ下がっていた。  一瞬の出来事にも思えたレストランでの体験を脳裏に巡らせながら、そっとその岩壁画を撫でた時、腕時計の秒針がまた刻み始めた。 68797ead-1d38-41ba-809e-5e1e0df16ff0  その日のアルバイトの面接はキャンセルして、自分自身を見詰め直す事に夜の時間を使い、決意した表情で眠りについた。今までは永くとも思えた夜はあっという間に過ぎ、清々しい朝日が新たな日の訪れを告げた。 ──それからどれだけ時が経ったか。ヂュアンファンとの時間を糧に、〝材料(自分)〟を新鮮に保てる環境に重きを置けるように努力の方向性を変えて過ごしていたら、見事に結果がプラスに〝変換〟されていた。  アルバイト先でクビにもならず、色々と任される事も増え、給料も上がって運が向いてきたのだ。  それでも、頭を抱えるような大変な日々は繰り返される。そんな時僕は、溜息を吐くんだ。────僕の中の〝彼〟と共に、美味しい料理を食べながら、ね。
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