3. 幻想の外持雨

3/4
前へ
/14ページ
次へ
 池を見つめると、瑠璃色を靡かせながら遊ぶ妖精に、水底へ誘われたような気がした。吸い込まれるように池へ飛び込むと、盛大な音が森に木霊する。池の水は冷たくて気持ち良く、やはり綺麗だと思った。  池は俺が思っていたよりも深かった。透き通った水のせいで水深を見誤ってしまったのだろう。これでは池というより小さな湖という方が正しいかもしれない。俺の足が地に着く気配はなかった。緩やかに沈んでいく体に従い、このまま息をするのも忘れて眠ってしまいたい。  ふと生きている理由がわからなくなった。俺は自分でも気付かないうちに疲れていたようだ。孤独な生活に。無味乾燥な毎日に。見捨てられた人生に。親に捨てられ、殺し屋に拾われ、孤独に生きてきた俺が死んだって悲しむ者はいないだろう。  もう、いいんじゃないか。俺は人の命を奪ってまで生きる程の価値はない。じゃあなぜ生きている?なぜ生きようとしてたんだ?今まで散々人を殺してきたけれど、真っ先に殺されるべきは俺だ。俺が、いらない存在だったんだ。  誰かが俺を呼んだ気がした。叫び声が聞こえる。助けを求めている。でもどこかわからないからどうしようもない。きっとこれは俺の記憶の断片なのだろう。ぼんやりと顔が見える。幼い子供だ。怯えた顔で必死に助けを求めている。上手く思い出せない。どう考えても少年とは違うが、何処か似ている気がした。殺し屋として俺が殺した誰かなのか。わからない。わからないけど、死んでほしくなかった。助けたかった。そう思ったのも束の間、記憶の中の子供は赤く染まって倒れた。誰だ。どうして俺は助けられなかったんだ。いつの記憶なんだ。思考がまとまらない。脳に酸素が回らない。  どれくらい時間が経ったのだろう。実際にはほんの少しだったかもしれない。大きな音を立てて何かが池に落ちてきた。真っ直ぐこちらに向かってくるそれに手を伸ばしてみる。すると、そのまま力強く手を掴まれた。柔らかく、暖かい手だ。水中で姿がよく見えないが、それが誰なのかは考えなくてもわかる。  少年は俺の手を掴むと、上に向かって泳ぎ出す。水中に引き摺り込んでみたかった。妖艶な人魚のように、星の瞬きも届かない深い水底に誘ってみたかった。だけど俺を懸命に引っ張る姿を見ると、俺も陸を目指そうと思えた。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加