2. 雨乞いの贖罪

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2. 雨乞いの贖罪

 今日は最悪な日だった。漸く梅雨入りし、久方振りにちゃんと雨が降って掃除が楽になると喜んでいたのに、依頼が破約したせいで無意味になってしまった。  今回の依頼主は金持ちの旦那。近頃妻の様子が怪しく、遂に不倫を確信したという。不倫現場を抑え、妻と不倫相手を闇に葬って欲しいという依頼内容だった。裏切られてショックを受けたのは分かるが、愛していた者の殺しを依頼するなんて、とんでもない男だ。  だが不倫は勘違いだったことがわかり、依頼はドタキャン。誤解の解けた二人はこれまで以上に愛を深めました、めでたしめでたし。とまぁなんとも馬鹿らしい終わりを告げた。旦那が申し訳程度に端金をくれたが、こんなもん依頼料の十分の一にも満たない。全く、クソ金持ちめ。無駄な殺しはしない主義の俺で幸運だったな。今回の依頼担当が俺じゃなかったら確実に殺されてたぞ。はぁ、今度マスターにキャンセル料制度を提案した方がいいな。  そういうわけで、まだ宵の口だってのに俺は帰路に就いている。俺が所属する殺し屋組織、グリム・リーパーの拠点は街のど真ん中のビルにあり、俺の家──家と言えるかすら怪しいが──は貧民街でも特に人の寄りつかない路地にある。勿論、貧民街が街の中心地にある訳がないから、歩いて帰るとそれなりに時間がかかる。臭いや空気は悪いし碌な仕事はねぇし治安は悪いし所々天井はないし床はほぼ地面だ。だけどまあ住めば都ってもの。長らく住んできた俺にとっては、これが正真正銘の我が家だ。  まだ宵の口だってのに、血気盛んな無法者達は待てが出来ないようだ。薄暗くなった通りの端々に窃盗や誘拐を狙う影が潜んでいるのが見える。善良な市民の夜の行動が制限されるのは少々同情する。物騒な世の中だ。俺も物騒にしている要因の一つであるが。  街灯の灯りが点滅している通りに入る。如何にも何かが出そうな雰囲気だ。当然人通りはない。と思っていたのに、前方に1人でふらふらと歩く子供が見えた。…馬鹿じゃないのか?あんなの襲ってくださいと言ってるも同然だ。  路地に潜んでいた無法者達が音もなく現れると、あっという間に子供を囲んだ。4、5人で弱い女子供を誘拐しているグループだろう。手際がいい。そこそこな手練れだ。 「おやおや可愛いお嬢さん。こんな時間に一人は危ないですよ。ここらは悪い奴らが彷徨(うろつ)いてますから。」 「お前らみたいな?」  空気が凍る音さえ聞こえてきそうだ。無法者達のぽかんと口を開けた顔は見ものだ。如何にも気弱そうな少女(仮)が煽ってきたのだ。しかも無法者とはいえ、優しく声をかけたのに。奴らが驚くのも無理はない。  追い打ちをかけるように、少女(仮)が口を開く。 「それに、僕は男だ。」  嫌な予感がした。この声、このやり取り、なんとも聞き覚えがあった。そのまま知らないふりをすることもできたが、俺の体は見過ごしたくないようだ。 「ちっ、なんだ男かよ。」 「まあ構わねぇ。とっとと捕まえて人買いにでも売りゃあいい。」  ああやっぱりだ。そりゃ普通そうなるよな。先日の俺の慈悲を有り難く思え。俺の忠告も聞かずにのこのこ出歩きやがって。  いよいよ助けに入るか入らないか迷っている場合ではなくなってきた。仕方がないので俺は重い腰を上げる。
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