2. 雨乞いの贖罪

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 少年は顔色を変え、体を小刻みに震わせている。それでも体躯のいい男達に歯向かう。男達は不機嫌そうに声を荒げたり、馬鹿にして笑ったりするだけだ。少年は泣き出しそうな顔をするも、やはり決して涙を流すことはなかった。少年に代わって天が泣くように、雨が勢いを増す。 「雨が酷くなってきたな。丁度いい。」 「叫んだって届かないぜ。坊ちゃ、うっ」 「おいっどうした!」  俺は賊の一人に近づき、素早く首に手刀を落とす。鈍い音と短い呻き声を上げ、男は倒れた。俺の存在に未だ気付いていない一味は困惑している。馬鹿め。どこを向いているんだ。 「なーにちびっ子虐めてんの?」 「あ?誰だテメェ邪魔すんな。」  ふらりと賊の背後に現れ、なんとなく気分で優しく声を掛けてみた。少年を怖がらせないため、は勿論理由の一つ。だが賊は反抗的な態度をとるだけだった。  俺にそんな口を利くとはいい度胸してんじゃん。おつむの弱い男には分からせてやんないとな。ま、先に喧嘩を売ったのは俺だけど。 「俺の獲物に手を出すんじゃねぇよ。」  ドスを効かせると、奴らは身震いをした。腹立たしい。折角生かしてやった命をたった数日で他の奴に無下にされるなんて、なんとも癪だった。少年が死ぬのも嫌なのに、他の奴に殺されるだなんて有り得ない。俺にとって此奴がなんなのか、答えは見つからないままだけど。  兎に角、考え事も尋問も説教もあとだ。今は賊を倒すことだけに集中する。  怯懦(きょうだ)になりながら襲いかかってくる男達を倒すことは造作も無かった。弱い者いじめしかしてこなかったのだから、当然のことだろう。気絶させたり骨を折ったりはしたが、俺は一人も殺さなかった。一応の無駄な殺しはしない主義だ。倒れ込んでいる男の内の一人が口を開く。 「お、お前、グリム・リーパーのルーザーか?」 「ちっ、雑魚のくせになんで知ってんだよ。」  ルーザーは俺のコードネームだ。俺は険しい顔をし、男を睨みつけた。男は体をビクつかせる。  俺は任務ではないからいつものマスクをしていない。暗がりで顔が見えづらいとはいえ、奴らは確実に俺の顔を見た。殺し屋にとって面が割れることがどういうことか分かって言ってんのか。俺の正体に気付いたことをわざわざ報告してくれて、俺としてはありがたいけども。 「闇に紛れる深い黒髪、獣のように鋭く光る赤い瞳、素早くて隙のない見事な体捌き、仲間の間で噂になってまして。いや〜噂以上に素晴らしい御方でおられる。」 「へーそうなんだ!」  先程とは打って変わって気持ち悪いほど媚を売る男に鳥肌が立つ。こんなにも見え透いた御機嫌取りは初めて見た。俺を馬か鹿かなにかと勘違いしてるんじゃないだろうか。  俺が笑みを浮かべて返事をすると、ほっとしたような顔をした。(つくづく)頭の悪い男だ。 「心底不快だ。」  乱雑に放たれた俺の低い声が賊の心を抉る。再び男はどん底に堕とされたような顔をした。醜悪だ。俺は目の前の男を殺したくて堪らなくなった。俺は一応無駄な殺しはしない主義である。だが少年を痛ぶったこの男は、俺の顔を見たこの男は、穢らわしいこの男は、十分に殺される理由があるのではないか。  その考えに辿り着くと、俺は思いのままに男を殴った。武器を使う気にすらならない。このまま恐怖と痛みを感じながら死ねばいいと思った。良くも悪くも命に執着しない俺が、こんな状態に陥ったのは初めてだ。  ふと、視界の隅に怯える少年が映った。そこで俺は漸く少年の存在を思い出した。殺人を二度も目撃するのは、あまりに不憫だ。おまけに今日の俺は獣のように正気を失い、一心不乱に男を殴っていた。いつの間にか目的が"少年を助けること"から"男を殺すこと"に変わっていた。
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