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 破裂音がして、夜空に大輪の花火が咲いた。  夢のような色をした炎が次々と咲いては散り、散りきるまでに次の花が咲く。いよいよショーも終盤だ。 「まあそんなの無理だけどね」  玲衣は花火を見上げて笑った。子供みたいなことを言っている自覚はきっと彼女にもあるんだろう。  過去は変えられない。喧嘩を売っても、買ってくれる相手はもういない。   玲衣もわかっているからこうして笑うしかないのだ。 「私がポケッタブルになれば装介くんびっくりしすぎて昔の女の記憶ぜんぶ飛ぶかしら、とも期待したけどそれもダメだったし」 「なんて物騒なこと考えてんだ」 「仕方ないじゃない。装介くんは一般人代表で極めて普通の人間だけれど」 「人に言われると腹立つな」 「でもね」  花火が鳴る。レーザーライトが幾本も宙を駆け巡った。空や水面に反射した光が僕たちを照らす。  そのいくつもの派手な色すらも彼女は見事に着こなしてみせる。   「私にとっては特別なのよ」  微笑む玲衣を見る。  この表情をとても美しいと僕は思うが、彼女はなんとも思わないのかもしれない。僕と彼女はやっぱり違う。 「玲衣は一番だよ」 「当然知ってるわ」 「いや、たぶんわかってない」  彼女はわかってない。だから今朝あんなことを聞いたんだろう。  ──機能性がない彼女より機能性がある彼女のほうがいいでしょう?  そんなわけないだろ。 「僕たちは違うから。趣味も好みも美学も」  玲衣の美しさは機能美じゃない。  一度決めたらとことんまで突き詰めるところとか、僕の分のコーヒーも一緒に淹れてくれるところとか、僕が嫌がることは絶対にやらないところとか、彼女の美点はいくらでも上げられる。  玲衣はたとえポケットに(はい)れなくても自慢の彼女だ。  でもそれは僕がいくら言葉を並べたって、伝えていると思ってたって、彼女にはあと少しだけ届いていないんだろう。 「それなら伝わるまで伝えるよ」  僕は右ポケットに手を入れてその中身を取り出した。  彼女がポケットに(はい)れても(はい)れなくても、僕は迷いなく同じものを差し出すんだろう。 「玲衣は僕が思い返す全部の瞬間で一番だ」  過去は変えられない。  でもそれが気にならなくなるくらい今が最高なのだと主張し続けることはできる。言葉で伝わらないなら、手を変え品を変えて必ず届けてみせる。  これが僕の美学だ。 「だから僕と結婚してください」  玲衣が息を呑んだ音がした。  華やかな音楽と色彩の重なる場所で、僕は手のひらに収まるサイズのリングケースを開ける。  中央に置かれたダイヤモンドに花火の色が瞬いた。
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