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「そろそろ帰らなきゃな」
「ここ帰りすごく混むのよね。はぐれないようにポケットに入ったほうがいいかしら」
「まあそれもいいんだけどさ」
きっとこれも彼女は知らないのだろう。
けど、それなら教えればいいだけだ。これからたっぷりと時間をかけてお互いをわかり合っていけたらいい。
僕の知らない彼女のことを。
彼女の知らない僕のことを。
「彼女は持ち運ぶより並んで歩きたい派なんだ」
しなやかに垂れていた玲衣の手を取る。
僕たちは手の温かさもやわらかさもちがう。ちがうから、心地いい。
「なかなか素敵ね、それ」
玲衣の微笑を見て、僕も笑みを浮かべた。握り返された温度は冬を忘れさせてくれる。
けどそれはきっと僕だけだろうから、繋いだままの手を左ポケットに突っ込んだ。
「あったかい」
「うちのポケ内環境も悪くないだろ?」
「ええ。埃っぽいこと以外は」
「帰ったらすぐ掃除しよ」
ひとつずつ消えていく灯りの中を歩いていると、不意に玲衣が繋ぐ手にぎゅっと力を込めた。
彼女のほうを見ると、なぜだか楽しそうに笑っている。
「なんだよ」
「なんでも」
それから何度も玲衣はポケットの中で僕の手を握りしめては緩めてを繰り返す。
きっとそこには意味も機能もない。けれどそのたび彼女は笑顔になって、僕も同じ顔をする。
こういうのも悪くないな、とまたひとつ消えた灯りを眺めた。
(了)
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