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「よいしょ」
そんな声とともに、彼女は右足をジャケットの左ポケットに突っ込んだ。
そのまま次々と残りの身体をしまい込んでいく。まるで僕のポケットが四次元に繋がってるんじゃないかと錯覚するほどのスムーズさだ。
「ほらできた」
「こわっ」
「こわいとは何よ」
ジャケットのポケットから「すごいの間違いでしょ」と声がする。こわい。
「え、何これどうなってんの」
「がんばってできるようになったの」
「人って計り知れないな」
「計ってわかれば苦労しないわよね」
見えない彼女と会話をしながら中の様子を窺おうとすると「中は絶対覗かないで」と先手を打たれた。ポケットの口を広げようとしていた手を止める。
「もしも中を見たら装介くんもポケットの中に引きずり込むわよ」
「妖怪かよ」
「いくら恋人だからってやっていいことと悪いことがあると思わない?」
「恋人のポケットに入るのはいいんだな」
自分のポケットの中に彼女が入っている。
置かれている状況の異様さにこれまで積み上げてきた価値観がすべて塗り替えられそうだ。
「さて、じゃあ行きましょうか」
「え、どこに」
「もちろんデートよ。元々その予定だったでしょ。せっかくだしデートしながら教えてあげる」
入ったときと同じように音もなくポケットの外に出てきた玲衣は、何事もなかったかのように僕の真正面に立った。
そして自信ありげに唇の端を持ち上げてみせる。
「ポケッタブル彼女の素晴らしさをね」
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