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「恐怖って瞬間的な驚きよりもじわじわ迫ってくるほうがたち悪いわよね」
「ジェットコースターの先頭で言うセリフじゃない」
かたかたかた、とおもちゃみたいな音を出しながら上っていたレールが視界から消えたかと思うと、爆発したかのようなスピードで急降下した。
身体の中から魂だけが抜けて後ろに置いていかれたような浮遊感を感じて僕たちは大声を上げる。
「どうする? もう一回乗る? じわじわ迫ってくる恐怖がたまらないのよね」
「ジェットコースターって価値観が迷子になるよな」
初めは乗ってしまったことを後悔するのに終わればまた乗りたくなる。乗りたくないのに乗りたくなる。なんておそろしいアトラクションなんだ。
そんなことを考えながら僕はアイスクリームを舐めた。冬にアイスが食べたくなるのも迷子なのかもしれない。美味しい。
「それにしてもカップルや家族連ればかりね。他に行くとこないのかしら」
「ブーメランが痛い」
「装介くんも──あ、やっぱりなんでもないわ」
「なんだよ」
隣に座る玲衣がしまったという顔でアイスクリームを舐める。それから少し迷ったように黙ってから、続きを話すことに決めたようだ。
「装介くんも昔の彼女たちとここに来たことあるのかな、って思って」
「あー……」
僕は言葉を続けられなかった。
このテーマパークは全国的に有名なデートスポットで、この辺りに住んでいる全カップルが訪れたことがあると言えるほどだ。もちろん僕もだが、それ自体は特別なことじゃない。
だがそれをそのまま口にするのは憚られた。
最近ひょんなことからお互いの過去の恋愛遍歴を公開し合ったのだが「いるとは思ってたけど、昔の女のこと想像するともやもやするわね」と拗ねてしまったのだ。
玲衣にも過去に付き合った彼氏が複数人いるわけだが、それはまた別の話らしい。
「まあそんなのいいじゃん。ポケットの中にでもしまっとこうぜ」
「私の一番近いとこに置かないでよ」
さく、と軽い音を立てて玲衣はコーンを齧った。
その音でスイッチが切り替えたようで「次はコーヒーカップにでも行こうかしらね」と遠くを眺める。どこかで明るい叫び声が聞こえた。
「今日は絶叫系コンプリートを目指しましょう」
「コーヒーカップは絶叫系じゃない」
ふふ、と玲衣に笑顔が戻ったことに安堵する。彼女は笑顔が一番似合うし、僕はそれを見ていたい。
コーンの先端を口に放り込む。少しだけ残ったアイスがとろりと甘かった。
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