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 ホームに到着した電車に乗り込むと、座席がひとつ空いていた。  僕はコートのポケットの中身を気にしながら、ぽっかりと空いた一人分の空間に腰掛ける。 「ほら、さっそく良いことがあったでしょ?」  走り出した電車がスピードに乗り始めたとき、彼女の声が聞こえた。  僕の近くにいる乗客たちは顔を上げてきょろきょろと視線を宙に彷徨わせる。少しの間そうしてから怪訝な表情でまた顔を元の位置に戻した。  僕だけは顔をまっすぐ前に向けて微動だにしない。 「急にしゃべるなよ、玲衣(れい)」  目的の駅に着いた僕は改札を出てから、周りに人がいない瞬間を見計らって声をかけた。 「あら、もしかして装介(そうすけ)くんって『目的地に着いてからがデートだろ』タイプ?」 「いや別にデートの定義を気にしてるわけじゃなくて」 「じゃあ問題ないじゃない。デート中のカップルはおしゃべりするものよ」 「カップルに見えないことが問題なんだよ」  人気(ひとけ)のない細い路地を歩きながら会話をする僕たちだが、傍目には僕が一人で歩いているように見えているはずだ。  けれど僕はしゃべっているし、彼女もしゃべっている。電話をしているわけでもテレパシーを使っているわけでもない。 「もうすぐ着くぞ」 「このまま行けば一人分の入場料で入れるわよ」 「さすがにそれはダメだろ。二人分のチケット買うわ」 「私の彼氏が妄想彼女の分までチケット買ってる変人扱いされるとかわいそうだから一旦出るわね」  玲衣がそんなことを言うので僕はさっと辺りを見回した。  開場から時間も経っているからか、辺りに人影は見当たらない。それでも一応物陰に身を潜める。  別に悪いことをするわけではないのだが、強いて言えば見栄えが悪い。 「よいしょ」  そんな声とともに僕のコートの左ポケットから、すらりと長い左脚が飛び出してきた。  その足が地面に着地したかと思うと、そこから左腕、胴体、頭、右腕、の順にするすると残りの身体が滑り出てくる。  最後に右脚が現れて地面に着地すると「ふう」と玲衣はひとつ息をついた。 「どう? 便利でしょ」 「便利さよりホラー感がすごい」 「まあ見たことないものって怖いものよね。慣れればみんなに自慢したくなるわ」 「なるかなあ」 「だってレアじゃない」  僕よりも少し頭の位置が低い玲衣は衣服の皺を整える。  そして、僕と目を合わせて誇らしげに胸を張った。 「ポケットに入れられる彼女、なんて」
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