「いつも通り」の終わり

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「…ほら、行くぞラクト」  おじさんは、身体に積もった雪もそのままで、スタスタとスーパーに入ってく。 「おおおおじさん⁈」  普通すぎてビックリした。 「おじさん、一弘さん結婚すること、ショックじゃないの?」 「ビックリはしたさ。アイツには、いつもビックリさせられる」 「いやそうだけど」 「まあ……独身仲間が減るのは、寂しいっちゃ寂しい。でも、めでたいことじゃないか。ほら、クリスマスの晩飯用のなんか、買うんだろ? あ」  カゴを取ろうとして手を出しかけたけど、すぐしまった。  ボクは見逃さなかった。 「手、見せて!」  思いきり腕を引っ張る。手のひらは、血が出て赤かった。  スーパー横のハンバーガー屋さん。  洗わせた手に、でっかい絆創膏を貼る。ギリ足りた。 「ありがとな」 「待って、やっぱりこっちも」 「包帯はいいって」  おじさんは、やっぱりいつも通りだった。めんどくさそうにコーヒーにポーションを入れてる。  目の前には、コーラとバーガーとポテト。自分で注文したけど、食べる気がしなかった。 「それ食ったら機嫌直せよ」  ムカッとした。なんでボクが悪者なの? 「おじさんこそ、なんでそんなに普通なのさ!」 「いつも通りなだけだろ」 「でも…でも…!」  ぐっとこぶしを握る。ボクが握っても血は出ない。  でも、おじさんは血が出るほど握ってたのだ、ポケットの中で。一弘さんが結婚するって話の間。  それが、おじさんの「いつも通り」なの?  おじさんは溜息をついた。 「あのな……一弘は、確かに大事な友達だ。ビックリもした。でも、俺も大人だ。アイツは女性を愛したがってたし、結婚がアイツの幸せだってこともよくわかってる。ガキみたいにダダこねたりするかよ」 「ダダこねればいいじゃん」 「だから」 「隠れて自分をいじめるくらいなら、ダダこねればいいじゃん!」  どんだけこぶしを握っても、我慢できなくて涙声になった。手から血もでない。 「わがまま言えばいいじゃん、文句言えばいいじゃん! ボクは……ボクは、おじさんが怒ったり泣いたりするより、我慢してケガしてる方がイヤだよ!」  おじさんは何か言いかけて止めて、頭を抱えた。 「……だからって、いい大人は、そんなガキみたいなことしねえの」  悔しい。子供のボクじゃ、おじさんは悩みを打ち明けてもくれない。  ボクはハンバーガーをめちゃくちゃ食べた。しゃべれなくなるけど、この方が涙が止まる。  バーガーがなくなって、ポテトに移行する合間、ちょっとだけしゃべった。 「おじさんのバカ!」 「今頃気づいたのか」  スーパーで、おじさんはまたポケットに手を入れそうになったから、手を引っ張った。 「なんだ、手つないで歩きたいか?」 「そんなわけないじゃん!」 「なんで」 「中学生なのに恥ずかしいでしょ、これはそうじゃなくて」 「ほらな。年甲斐もないことは、できないもんだろ」  ものすごくムカッとした。おじさんは、ずるい。 「わかった、じゃあ手つなぐ! だからもう自分のこと、いじめないでよ!」 「え」  おじさんは右手でカートを押して、左手でボクと手をつないで、ずっと買い物した。  恥ずかしかったけど、ボクは頑張った。  おじさんも手を離さなかった。 (了)
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