八尺様の写真

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八尺様(はっしゃくさま)】という怪異をご存知だろうか? 今から7年前、偶然彼女と出逢ってしまったあの日から……私は八尺様に取り憑かれている。 当時、私――桜木(さくらぎ) 美奈子(みなこ)は高島平に住んでいた。 その駅前には、小川のせせらぐ小路(こみち)があり、私はそこで、初めて彼女に出逢ったのだ。 そう――忘れもしない。 あれは私が小学5年生の時の土曜日の夜。 両親と外食に行った帰り道でのことだ。 当時、駅前の小路には小さな池があったのだが――私はそこで、大変美しい8歳位の少女と、彼女の肩にとまったお供の様な鳥を目撃したのである。 少女の身に纏うワンピースや帽子は、染み1つない純白で――。 その肩にいた鳥すらも真っ白であった為、暗い夜の世界の中で、彼女と鳥だけが仄かに輝いて見えたのを、私は今でもよく覚えている。 鳥の方は、見た目は真っ白であったが、姿形は不死鳥の様だとでも言えば良いだろうか。 スラリと長く伸びた尾羽は、先端が幾重にも分かれており、その美しさはとてもこの世のものとは思えない程だった。 一方、真っ白なノースリーブのワンピースに、白い麦わら帽子を目深にかぶっていた少女。 帽子で表情はよく見えなかったが、風に揺れる豊かな長い黒髪は――月光に照らされ、夜でも美しく輝いて見えたのが印象に残っている。 池の真ん中にある大きな岩に腰掛け、足をちゃぷちゃぷと水に浸しながら、鳥を撫でていた少女。 その姿が完成された絵画の様であまりに美しく、私はつい、隠れて彼女の写真を撮ってしまった。 瞬間、此方を振り向く彼女。 彼女が小さく呟いた『ぽ』という言葉とも音ともつかない声は、未だに私の耳に残っている。 それから数日後、その写真を現像に出す私。 しかし、完成品が私に渡される事は無かった。 写真の中の少女の姿に魅了された写真屋の店主の男性が、写真を盗んでしまったのだ。 私は何度も写真屋に足を運び、あの写真を返して欲しいと店主に頭を下げる。 だが、店主は「そんな写真は現像した覚えはない」の一点張りで――結局、写真を渡して貰えなかった私は諦めて引き下がるしかなかった。 けれど、その3日後、店主の男性が、突然の心臓発作でこの世を去ってしまう。 (おじさんは、そんなに年がいっている様には見えなかったけれど……。ストレスでも溜まっていたのかしら) とは言え、これでやっとあの写真を返して貰うことが出来る。 私は期待に胸を膨らませながら、勇んで写真屋に向かった。 しかし――写真は既に、店主の息子の手に渡ってしまっていたのだ。 店主同様、何度私が店を訪れても、話し合いにすら応じてくれない店主の息子。 だが、彼もまた彼女に魅入られてしまったのか――写真を手に入れてから5日後に、車に撥ねられ亡くなってしまう。 以降、ゆっくりと時間をかけて……様々な人物の元を転々とする少女の写真。 けれど、恐ろしいことに――あの写真を手にした人物は、例外なく全員が亡くなってしまった。 皆、ほぼ、写真を手に入れた数日の内に。 ただ不思議なのは――死の間際、誰もが満面の笑みを浮かべて亡くなっていたらしい、ということだ。 それは、交通事故で亡くなった写真屋の息子も例外ではなく。 その遺体を目撃した者によると、写真屋の息子は弾ける様な満面の笑みを浮かべ……自分から、走行中のトラックに突っ込んで行ったらしい。 そうして、そのまま――笑顔を一切崩すことなく、亡くなったそうだ。 (もしかしたら、あの写真には、何か……人間には計り知れない魔力のようなものがあるのかもしれないな) 写真を手にした、私以外では最後の人物の訃報を聞きながら、私はそんなことを考える。 そして――今、件の写真は巡り巡って私の手元にあった。 色褪せた写真の中、何故か今は……私と同い年の――18歳位の姿に成長している少女。 その、写真の中でも分かる程異様に高くなった身長と、特徴的な白の帽子から、私は、彼女がネット等で囁かれている『八尺様』なのではないか、と考えるようになった。 何でも、八尺様というのは、一度誰かを気に入り――魅入ると、再度封じられたりするまで、その人間に憑き続けるらしい。 彼女が私を魅入ってくれたのかは、わからない。 が、少なくとも私は、彼女に初めて出逢ったあの夜から、すっかり魅入られてしまっている。 それに、少なくとも――私が写真を取り戻してから数ヶ月は経っているが、未だ、私は命を奪われてはいなかった。 であれば――。 (もしかして、彼女も私を気に入ってくれたのだろうか……) 今まで沢山の人が亡くなっていたのも、私の手元に帰る為だとしたら――。 正直、嬉しい。 (そうであってくれたら、良いな) 私は、ほんの少しだけ希望を込めたその手で、そっと写真に触れてみた。 そうして、優しく写真の彼女を撫でる様に触れながら……私は写真の中の彼女にソレ――所謂、【八尺様】なのではないかと話しかけてみる。 当然返事は帰ってこなかった。 が、その日から――私は、枕元に彼女が座る夢をよく見るようになる。 寝ている私を、彼女がただ静かにじっと見降ろしてくる夢だ。 しかし、遂に先日。 夢の中で、彼女が私に語り掛けて来た。 その言葉は、『ぽ』のみだったが……何故か、彼女が伝えたいことをすんなりと理解できた私。 彼女が私に、夢の中で伝えた言葉。 それは――。 『これからはずっと一緒よ』 翌日、写真から彼女の姿がきれいさっぱり消え去っていた。 でも、私は少しも悲しくないし、心配はしていない。 何故なら、私は今、常に彼女の気配を近くに感じているからだ。 ――私は、もう誰も写っていない写真を、そっとポケットの中にしまった。
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