火渡り

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あなたの実家は、杉の木の山に囲まれた禅寺だ。私はここで、火渡りを見るのが好きだった。ご祈祷(きとう)し、護摩壇(ごまだん)を焚く。その真ん中に道を整え、赤い炭の上を裸足で歩くのだ。 私は、火渡りの準備に興味津々であった。炎が燃え上がっている様を近くに寄って見ては、走り回ってしまう。 「落ち着きがないんだから。ここにじっとしていなさい!」 と言い、あなたは私の手を握りしめた。私は素直に、それに従った。それは、あなたから感じたことのない強い力である。その手は肉付きがよく、私の手のひらや甲を丸ごと包んだ。 夜になると時折、あの感触を想い、涙ぐむこともあった。あの手に込められた感情すら、嘘偽りだったのか。 父はそんな私を「男のくせに」と、嘲笑(ちょうしょう)するに違いない。そう思った私は布団で口を(ふさ)ぎ、声を押し殺しながら一人泣いた。恥ずかしいことに成人した今も、想い出しては(むせ)び泣くことがある。 火渡りの時期になると、必ず顔を出す人がいた。私より3つ年長の男の子である。私の目には彼が、ずいぶん大柄に見えた。幼い頃の3歳差は大きい。だからそう見えるのだろうと、自分を納得させていた。
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