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私を慰撫するようにそう言ったあと、彼は黙りこんでしまった。見ると火勢は、ひと段落した様子。すると彼は、
「火渡りをしてくるね」
と言い、私の前から消えていった。
後になって知ったのだが、あなたには父のほかに男がいたのだった。それは、父と結婚する前のことだ。その男とは、籍も入っていない。彼は自分自身が婚外子であることを、幼い頃から知っていたらしい。
その日、私はとうとう火の中を歩かなかった。歩けば、一歩踏み出せば、何かが変わったのだろうか。火渡りだというのに、心中の怒りや欲は燃え盛る一方だ。あなたは、一体どんな女なのだ。
遠くに目をやると、あなたの母が一人背中を丸くし、火渡りの様子を見ていた。彼女は言葉少なであったが、どこか頸烈な性格にも見えなくはない。血が繋がっているといえども、私には計り知れないことばかりだった。
思えば彼女が、火渡りに参加するのを見たことがない。寺の女は火渡りをしないのが、通例なのだろうか。しかし一度くらいは、参加してもいいのではないか。
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