プロローグ

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プロローグ

"サービス終了のお知らせ" "長らくのご愛顧ありがとうございます。本日をもってサービス終了させていただきます。"  ゲームサービスにはいずれ終わりが来るものだ。  管理者がいなくなったゲーム世界は、情報体()となって宇宙(サーバー)を放浪する。 「名作だったのにな。これから、どうしようか」  オンラインRPGの名作である"アブロライド・ストレジア"のサービスが本日終了となる。  趣味がゲームという俺、黒田(くろだ)正樹(まさき)はこの名作"アブスト"をサービス開始日から欠かさず毎日やり込んでは、常に最前線のランカーという立場だった。 「頑張ったのに、本当に終わってしまうのか」  他のゲームにはあまり興味を示すことなく、アブスト一本で極めていた俺にとって、サービス終了というのは死の宣告に近しい事態だ。 「続けてくれよ!!!何でだよー!!!」  もしも俺に力があったのならば、アブストをもっと続けることができるのだろうかと考えてしまう。それほど、俺はこのゲームに没頭していた。  残念ながら自分にその力はなく、ゲームは一人でどうこうできるものではないのが現実。  運営が続けられない判断をしたものはもうどうしょうもない。 「明日から、何をすればいいんだ」  次のゲームを探す?  いやいや、今から始めても他の強者(つわもの)達に追いつくなんて無理だ。  そもそもアブストを超えるような名作なんて早々生まれないだろう。それほどに面白く、没頭することができた。  23時55分――。  もう悔いはない。  5分で何ができる?  進める物語もなければ、レベルを上げられるキャラもいない。攻略できるクエストなんて全てやり尽くしている。素材はカンストするほどに集めてある。持ちきれないほどだ。  好きなキャラクターの動くイラストを眺めるくらいしか俺にできることはない。もう画面撮影の記録で残ったものしか見られないイラストと、サイトの動画でしか聞けない声を最後まで……。 「お世話になりました」  そんなことを思って、呟いていれば言っていれば、あと30秒――。  もうこの世界に戻れることはないだろう。様々なことを思い出す。攻略情報のない強敵に試行錯誤を繰り返して攻略した時の思い出や、好みのキャラが仲間となったこと……。  "通信が切断されました。タイトルに戻ります。" 「くっそぉ‼」  タイトル画面を何度も押してみるが、"通信ができませんでした"の繰り返し。  しばらくして、本当に終わってしまったんだと現実を受け入れた俺は、現実逃避するかのように夢の世界へと行くのだった。 ――――――――――――――――――――――― 「詰まらない日々がやってきた」  現役の大学生である俺。  眠い身体に鞭を打つようにして教室へと向かう。毎日毎日この移動時間にはアブストの情報集めなどしていたのだが、残念ながらタイトル画面から進むことはない。  でも、そのデータをすぐ消したくはなかった。 「おはよ」 「うぃ〜……おはよ…」 「元気ねぇな?どうしたよ?」  後ろから友達に背中を叩かれ、歩きのテンポが少し崩れる。それでも、出てくるのはため息ばかりで、気分も全然上がらない。 「いやな……こいつがさ、サ終よ」 「あ〜、お前がはまってたやつか!そりゃ残念だな」  タイトル画面を見せてサービス終了したことを伝える。けれど、そいつはゲームをやっているわけではないので同情などしてくれなかった。  最初から同情してもらえるとは思っていないが。 「面白いゲームなんていっぱいあるぞ。最近、こういうのも流行ってる」  差し出されていた画面に映っていたのは、最近話題になっている海外製のゲーム。  片手間にできるとのことで話題だ。放置している間も強くなっていくようだが、それは俺の好みではない。 「今から始めてもなぁ……、出遅れるのあまり好きじゃないんだよ」 「お前あれだな?俺つぇぇえってやりたいのか!」 「そうじゃない。攻略も出てないような最前線を開拓していきたいんだ!」 「おうおう、そういうことにしとくぜ」  こうしてまた、大学生の1日が始まる。  午後は授業なしという素晴らしい日なのに、心は無気力だ。授業が終わっても楽しみがないというのは久々の感覚。 「新規ゲームの予約を探るか」  授業が終わると"事前登録"というストアの欄を見て、アブストのようなゲームがないか探ってみる。  だが、何回見ても音ゲーやシューティングゲームのような物が多い。やり込めるストーリーが組まれているゲームはなかった。 「はぁ……まじかよ」  どうする?やることがない。  ゲーセン?カラオケ?映画?どれも今はやる気が起きない。  『3ヶ月後にサービス終了』というお知らせを見たときは覆らないかと願い、問い合わせもしてみた。  当然のことながら、回答が返ってくることはなかった。 「何か……ないかなぁ」  結局、それから興味を持てるゲームは見つからず何も無い日々が過ぎる。今まで溶けるように流れていた1日1日が非常に長く感じてしまう。  そんなある日――。 『見つけた』 「は?」  授業後の帰り道だ。  何処にも行く宛がないため、街中を独り歩いて自分の部屋へと向かっていた俺に、後ろから話しかけてきた人物がいた。  普段あまり話しかけられることもないし、そもそも女性の声で呼び止められることなんてゼロに等しい。  耳を疑って変な返事をしてしまった。 『あなたは、トモヤですね』   振り返ると、そこには青白いワンピース姿の少女が立っていて、こちらを見つめていた。 「いいえ、俺は……」  否定しかけたときに気づいた。"トモヤ"というのはアブストで使っていたプレイヤーネームだった。なんということだ。俺としたことが長く遊んでいた名作のプレイヤーネームを早くも忘れかけているなんて。  何故を知っている?ゲーム世界では名前だけで、顔はわからないはずだ。友達としても見覚えなのない少女が立っている。 「そうですというか、それはゲームのプレイヤーの名前として使っていたけど」  そう言うと、その少女はほっとしたような表情を見せて、俺に問いかけてきた。 『アブロライド・ストレジアというゲームを愛する者。あなたはまだゲームを続けたいですか?』 「え?どういうこと?」 『あなたは思っているはずです。まだ続けたいと』  理解が出来ない。  ゲームを続けたいという願望はあるが、何故少女がアブストのことも、俺がやり込んでいるということも知っているのか。 「できることならそりゃしたいよ。でもサービス終了したんだあれは……」 『いいえ、まだ終わっていません。むしろここから、始まるのです』  謎の少女がそう言った後、少し宙に浮かぶような感覚がした。俺も彼女も全身が光を帯びて、瞬く間に目の前が真っ白になっていった。 「ぐっ!!!……なんなんだよ、一体」  眩しい視界に目を瞑ってしまった。やがて身体が浮く感覚がなくなるとゆっくりと目を開けて、その少女に対して「なにするんだ!」と言ってやろうとした。  しかし――。 「なに…………え?……はぁ!?!?」  "管理者権限が譲渡されました" 「待て待て待て待て、え?いや、え??」  視界に広がったのは同じような少女と、その後ろに広がる目に焼き付けられた懐かしさを感じる世界。  先程までのビルが立ち並んだ風景とは一転し、草原の広がる豊かな大地と、聳える山々。  そして目の前に浮いているのは、ゲーム世界で見たことのある表記方法と文字フォント。 「俺は、夢を見ているのか?」 『夢ではありません。見ているのは全て真実です』 「真実……だと」  リアリティを追求した3次元空間だとしたら、雰囲気が本物としかいえない。ゴーグル型のリアリティを追求した媒体も新開発されているというが、ここまでできるものなのだろうか。  視界の左上に表示されている緑バーは紛れもなくHPを表示している。その上にはレベルや"トモヤ"という表記が出ている  つまり、この世界は……。 「ゲーム世界……」 『この世界は不安定です。このゲームを完璧と言えるほどにやり込んだあなたに、これら浄化をする協力をしていただきます』  不安定?浄化する?  見覚えのあるシステム表記の数々を見れば、間違いなくアブストだ。しかし、このゲームは名作のはずだ。やっていても多少のバグはあったが、致命的なものはなかったはず。  正体不明の少女は俺の思考を無視して話を進める。 『詳しい説明はあなたには不要でしょう。管理者として、あなたにしかないクラスとスキルを付与させていただきました』 「お……お?俺にしかないクラス?スキル?」  自分の視界の中で、いつも画面で見ていた時と同じ位置に指を置いてみるとステータス画面が表示される。  そこにはいつも見ていたパラメータが表示されているが……、  "クラス:デバッカー"  "スキル:世界調整"  ゲームプレイ時には見たことない言葉が書かれていた。 「なんだこれ?」 『そのスキルは使うことで、思うように世界を操れます。しかし、条件付きです』 「え、あ……はぁ、わからん!」  どうやら世界調整という謎スキルと、説明のないデバッカーというクラスが俺の役職とらしい。  デバッカーといえば、例えばゲームなどにおいて実際にプレイし、異常などを報告する人のことだ。 『そのうち分かることでしょう。それでは、よろしくお願いしますね』 「は!?いや、なんだそれ!確かに続けたいとはいったけど、協力するとは…。」  俺の言葉を無視して、謎の少女は光を纏って目の前から消えてしまった。  見渡せばずっとイラストで見ていた景色が広がっている。草むらを踏む足音、肌を撫でる風の感覚、太陽の肌を焦がすような熱、どれも信じ難い状況であるが本物のようだ。 「でも……またこの景色が見えた」  どうしてか自分でもわからない。  こんな理解しがたい創作物にある"転生"のような出来事が行われてるのに対して、再び見えている名作の景色に感動してしまった。
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