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まず、何処へ行けばいいかわからない状況。
ゲームを続けたいとは言ったが、こんな状況になると誰が想像できたのか。
強制的に転移させられて、草原へと置いて行かれてしまう。
どうしようかとしばらく歩いていると、
『キューッ』
四足歩行で狐みたいな動物が目の前に現れた。
見た目は可愛らしくて大人しそうだが、敵である。こちらを見つけると目を真っ赤に染めて牙を見せると来た。
「おっ!懐かしいなぁお前、最初の方に倒してたな」
このゲームでの、チュートリアルとして行われる風景だ。
考え見てみれば何年前にやったことだろう。とにかく懐かしい。
だが、感動しているのも束の間、こちらに対して親でも殺されたのかというように威嚇をしてくる。尻尾を立てて小刻みに揺らし、今にも飛び掛かってきそうな雰囲気をしている。
「よし!って……装備は?」
メニューから装備画面を開いてみるが、装備などない。
普通にパーカー姿でズボン。これじゃ全く戦えない。
こういうのは最初からアイテムが支給されたり、街から始まるんじゃねぇのか?
「武器は?……ないじゃないか!」
一覧を見ても所持品に武器はない。
ゲーム世界のチュートリアルとしては、不親切どころの話ではない。装備がそこそこあって、操作方法の説明とかそういうのが普通あるが、当然生身の身体に操作もなにもない。
装備がないというのは、とにかく理不尽すぎる。
『キャァァァ!!!』
魔物が飛びかかってくる。戦えないため間一髪で横に避けて転がる。
「可愛い見た目のくせに、殺意に満ちている雰囲気だな」
連続で飛び掛かってくる。
攻撃のパターンとしてみればそれしかしてこないようだが、素早さとしては俺の反応速度より一枚上手だ。
「危なっ!」
何回も飛びかかってくるのを避けるが、流石に身体がついてこず、腕に爪が当たって出血してしまう。
「いってぇ。どうするよこれ!?俺こんなやつに殺されるんか!?」
すかさず飛びかかってくる魔物。
避けられないとした俺は、耐えることを信じて歯を食いしばる。
そこに、
『はぁぁぁっ!!!』
横から魔物に対して長い武器を突き刺す人物が現れた。
空中であり、俺の方を狙っていたため死角からの一撃で、避けることのできなかった魔物は地面へ転がる。
さっきまでの殺意は消えて、覇気のなくなった魔物は、やがて光の粒となって消えていった。
出血した腕に手を当て、一度状態を確認した。傷は深くないようで、出血も酷くはなかった。
『大丈夫?』
「あ……ありがとう……」
助けてくれた人物にお礼を言う。
待てよ?見覚えがある。赤いロングヘアに鉄と赤の色で組まれた騎士の装備。そして槍という武器種。
嬉しさと現実を信じることができず、彼女に触れてみたいという思いが込み上げてきたが、抑えた。
「フィーナ!?」
『あ、うん……そうだけど?何処かで会ったことあったっけ?私の名前、なんで知ってるの?』
見たことのあるキャラクターが目の前にいる。
一番好きキャラではないが、お気に入りで良く仲間として連れていたキャラ。
次から次へと起こる嘘みたいな事象に、嬉しさが込み上げてきた。
「あ、いや、会ったのは始めてだけど……その……有名人?というか噂で聞いて」
「そう?私ってそんなに有名?まぁ、良くも悪くも名は通るといえば通るけど」
彼女はフィーナ・マエリオ。
クラスはアタッカーであり、武器種は数少ない槍使いということで、仲間として連れていたことが多かった。アタッカーであるものの、簡易サポーターとしても優秀であった。
「見たところ……冒険者というわけじゃなさそうだね」
「なんというか、散歩的な」
「散歩?薬草やら素材は多く手に入るところだけど、せめて防具と武器くらい持たないと危ないよ」
「迷っちゃって、はははっ」
誤魔化せたか?いいや、苦しすぎる。
迷ったにしろ完全に国境を超えた草原だ。始めたてのプレイヤー達が素材を集める場所だが、魔獣達の領域であることは確かだ。
「いいけど、装備は整えることね」
槍を軽く振ってこちらに背中を見せたフィーナは、そのまますたすたと歩き始めた。
「街まで案内するよ。着いてきて」
「すまないな」
草原地帯と国境の間には森がある。
フィーナの歩みに従って、草原から森へと入ってゆく。眩しく照らしていた太陽の光が遮られて、薄暗い木々のトンネルだ。
ここも魔物が襲撃してくるポイントらしい。まだ慣れていない冒険者はここで引き返してしまうこともあるという。
フィーナがいなければ、俺は通り抜けられなかっただろう。
「いいよ。私も戻るところだったし。えーと、」
「俺はトモヤだ」
「私の名前は、知ってるみたいね。よろしく」
そして、街を目指す――。
謎の少女は一体誰なのか。ゲームをプレイしていた時には見たことのない人物だった。
ゲームが開始されてから7年。当時ではあまりオープンワールドというジャンルは少なかったために、やりごたえあるゲームとして人気を博した。
そんな歴史の中でも登場していない彼女は何者だったのか……。
「薬草探してる?」
「あれば嬉しいかな」
素材回収は基本だ。何も無い今の状態はどんな素材だって宝物に思えるものさ。
要らなければ後で捨てるなり売るなりすれば良い。まずは装備品を揃えていかなければ。
「あそこにある」
森の中を通る一本の道、木々の隙間から見える光の演出を放つ植物。
「うぉぉ!あったあったなぁ」
「あるって言ったじゃん」
俺の「あった」と彼女の「ある」の意味は全然違っている。
薬草から回復を作ることはやっていたが、後半になればヒーラーのクラスを仲間としていたためにお荷物となっていた存在だ。
「リフレッシュ草って名前だっけ」
「最低限の回復に使える」
そのまま食せば少量の回復。
瓶と"キキの花"を合わせて調合すると回復薬になるというレシピが存在する。
「もうすぐ街に着く」
「お!」
「と言いたいけど」
そんなことを何度かしていれば、気づけば森の終わり。
だが森の出口に、待っていましたと言わんばかりの狐みたいなが3匹こちらを狙っていた。
「目の前にして出てくるのか」
「ここまで出会わなかった方が不思議」
槍を構え始めるフィーナ。
急に目の前を通り過ぎる槍先に驚きながらも、堂々と前進していく彼女に対して、俺はゆっくりと後退していく。
「とりあえず下がってて」
「大丈夫だ。下がるしかない」
「さぁ、おいで」
見た目は可愛いが、その中に潜んでいるのは魔物という殺傷能力のあるやばいやつなのである。
だが、彼女にとっては犬のような存在であるのか、向こうから攻撃してくる時を待つ。
『キュッ!!!』
数秒の間があった。
瞬間、魔物は一斉にフィーナへと飛び掛かかる。
赤く光った目と広げられた足先に光る爪。
でも相手が悪い。
「ふっ!!」
槍という武器のリーチ相手に、接近戦というのは無理がある。真ん中の一匹をひと突きで跳ね飛ばすと左に一匹避けて、から二匹目を振り払うようにして地面に叩きつける。
最後は避けて背後に着地した一匹を突き刺して戦闘終了――。
消えた魔物のところには光る物が浮かんでいる。
「あ、素材あげるよ」
「ありがとう」
ふと見れば、戦闘時彼女はほどんど動いていない。一歩踏み出した程度だ。
この程度は彼女にしたら大した事ない相手だろう。体力も防御も決して高くない相手である。
「あいつらじゃ……相手にならないよなぁ」
フィーナの後ろ姿を眺めながら、聞こえないようにそう呟いた。
「目の前が国境、ということで街に着いたよ」
「助かった」
「もう、あんなところに装備なしでいかないようにね」
俺が怪しいことは気づいているのかもしれない。
草原と森。それだけで迷う奴がいるだろうか。
他に言い訳が思い付いていないことも確か……という。
「真っ直ぐ行けば街。魔物は出て来ないから安心して」
「わかった」
「じゃあ、私はこれで。向こうの方に用事があるから」
真っ直ぐ続く道の先には、入り口らしき門とその奥、遠くに見える大きな王城。
最初の頃はタイトル画面になっていた景色が心を踊らせる。
彼女が指し示す先はそこではなく、家が多く建ち並ぶ風景だ。大通り入り口ではなく、裏口のような別のところから入るらしい。
「じゃあまた」
「うん、また何処かで」
手を振って彼女を少し見送って、俺は大通りへ向けて歩みを進める。
本来であれば、チュートリアルで狐と戯れた後は、この道に飛ばされてゲームがスタート。
ゲームとは感覚が違うが、"二周目"という感覚で強制転移させられた俺の異世界生活が始まろうとしていた――。
"始めましょう。まだ見ぬ物語を――"
"プロローグ 勇者召喚"
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