15.お別れのとき。

1/5
前へ
/80ページ
次へ

15.お別れのとき。

「さ、最初はね……ただの私のわがままだったの」  サワメがぽつりぽつりと語り出す。 「……去年の文月の頃に、ぼーっと空からいろいろなところを見渡していたら、ふと……とある海岸が目に入って」  そこの砂浜では、たくさんの遊んでいる人たちが居て。砂でお城を作っていたり、海で泳いでいたり、カニやヤドカリを子供が追いかけていたり。 「すっごく、楽しそうだったの。みんな、キラキラした笑顔でね。私には、あんなに笑えるのが羨ましくて……だって、私、笑えなかったから」  文月。月の異名のひとつで、七月のことだ。日本に古くから居るサワメにとっては、単に数字で表すより、ずっと使われてきた呼び名のほうが使いやすいのだろう。  そして彼女は今、「空からいろいろなところを見渡していたら」と言った。  ――サワメはやっぱり人間じゃない。  神様、だから。 「サワメ、その」  俺は乾ききった口を開く。 「笑えなかったって」  どういうことだよ。  声がかすれる。――だってお前は、弾けるような笑顔を見せてくれていたじゃないか。 「うん、笑えなかったの、ホントだよ。だって私は『泣沢女神(なきさわめのかみ)』だから。泣く、神様だから……笑顔、なんて知らなくて」  人間の世界に居たら、笑えるのかなって。 「あとは普通に、人間と過ごすのに興味があったから……って、わがまま言ってね、この体にしてもらえたんだ」 「してもらえたって、誰に?」 「うーん、人間の太地くんには言っても分からないと思うけど……『大神さま』って()()()は呼んでるかな。神様の上の神様って感じの」 
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加