15人が本棚に入れています
本棚に追加
15.お別れのとき。
「さ、最初はね……ただの私のわがままだったの」
サワメがぽつりぽつりと語り出す。
「……去年の文月の頃に、ぼーっと空からいろいろなところを見渡していたら、ふと……とある海岸が目に入って」
そこの砂浜では、たくさんの遊んでいる人たちが居て。砂でお城を作っていたり、海で泳いでいたり、カニやヤドカリを子供が追いかけていたり。
「すっごく、楽しそうだったの。みんな、キラキラした笑顔でね。私には、あんなに笑えるのが羨ましくて……だって、私、笑えなかったから」
文月。月の異名のひとつで、七月のことだ。日本に古くから居るサワメにとっては、単に数字で表すより、ずっと使われてきた呼び名のほうが使いやすいのだろう。
そして彼女は今、「空からいろいろなところを見渡していたら」と言った。
――サワメはやっぱり人間じゃない。
神様、だから。
「サワメ、その」
俺は乾ききった口を開く。
「笑えなかったって」
どういうことだよ。
声がかすれる。――だってお前は、弾けるような笑顔を見せてくれていたじゃないか。
「うん、笑えなかったの、ホントだよ。だって私は『泣沢女神』だから。泣く、神様だから……笑顔、なんて知らなくて」
人間の世界に居たら、笑えるのかなって。
「あとは普通に、人間と過ごすのに興味があったから……って、わがまま言ってね、この体にしてもらえたんだ」
「してもらえたって、誰に?」
「うーん、人間の太地くんには言っても分からないと思うけど……『大神さま』って私たちは呼んでるかな。神様の上の神様って感じの」
最初のコメントを投稿しよう!