15.お別れのとき。

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「謝らないでって、言ってんじゃん」  彼女の髪に、手を伸ばす。そっと、触れる。 「……サワメはさ、確かに最初、夏休みをくださいってお願いしてきたけどさ」  俺が、サワメに夏休みを献上した。  でも今は、それだけじゃない。  俺は、この楽しかった夏休み。 「俺は、サワメからも、たくさんもらったんだ」     そう思ってる。  泣き虫な美少女と過ごした、かけがえのない時間。  それは、紛うことなく俺の大切な思い出で、どうしようもないくらい愛おしい記憶。  間違いなくこれは、神様(サワメ)が俺にくれた、最高で唯一無二の夏休みだ。 「ありがとう」  優しく頬に触れる。  彼女の涙が俺の手を濡らす。  目と目が合う。  そっと、顔を近づける。  夏の終わりの黄昏時。    唇が、重なる。  「太地くん、お別れの時間、来たみたい」  サワメが囁いた。見ると、彼女の体が、少し揺らいでいる。竹と竹の間から差し込む夕日が、彼女の淡く光る体を照らす。 「そっか、もう、か」 「神様の世界に戻るって感じ?」 「うん、たぶん。そうなるんだと思う」  サワメの全身が透けて、だんだんとその色が薄くなっていく。 「サワメ、ありがとう」  何度目か分からないその言葉を、ただひたすらに。  伝える。 「ううん、私の方こそ」  伝われ、言葉。 「太地くん、ありがとう。ほんとに」  ほんとに。  ほんとうに。  本当に。 「楽しかったね」  ――その瞬間は、驚くほど静かに訪れた。 「じゃあ、またね」  ぱちん、と弾けるように。  サワメの姿が見えなくなった。  まるで空気に溶けていくみたいに。    俺は、サワメの居なくなった虚空をただ抱きしめていた。竹林を、夕方の夏の風が吹きぬける。その風を感じながら、それでも俺はまだそこにサワメのぬくもりが残っている気がして。 「サワメ……」  彼女の居ないお社に、長い間立ち尽くしていた。
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