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「謝らないでって、言ってんじゃん」
彼女の髪に、手を伸ばす。そっと、触れる。
「……サワメはさ、確かに最初、夏休みをくださいってお願いしてきたけどさ」
俺が、サワメに夏休みを献上した。
でも今は、それだけじゃない。
俺は、この楽しかった夏休み。
「俺は、サワメからも、たくさんもらったんだ」
そう思ってる。
泣き虫な美少女と過ごした、かけがえのない時間。
それは、紛うことなく俺の大切な思い出で、どうしようもないくらい愛おしい記憶。
間違いなくこれは、神様が俺にくれた、最高で唯一無二の夏休みだ。
「ありがとう」
優しく頬に触れる。
彼女の涙が俺の手を濡らす。
目と目が合う。
そっと、顔を近づける。
夏の終わりの黄昏時。
唇が、重なる。
「太地くん、お別れの時間、来たみたい」
サワメが囁いた。見ると、彼女の体が、少し揺らいでいる。竹と竹の間から差し込む夕日が、彼女の淡く光る体を照らす。
「そっか、もう、か」
「神様の世界に戻るって感じ?」
「うん、たぶん。そうなるんだと思う」
サワメの全身が透けて、だんだんとその色が薄くなっていく。
「サワメ、ありがとう」
何度目か分からないその言葉を、ただひたすらに。
伝える。
「ううん、私の方こそ」
伝われ、言葉。
「太地くん、ありがとう。ほんとに」
ほんとに。
ほんとうに。
本当に。
「楽しかったね」
――その瞬間は、驚くほど静かに訪れた。
「じゃあ、またね」
ぱちん、と弾けるように。
サワメの姿が見えなくなった。
まるで空気に溶けていくみたいに。
俺は、サワメの居なくなった虚空をただ抱きしめていた。竹林を、夕方の夏の風が吹きぬける。その風を感じながら、それでも俺はまだそこにサワメのぬくもりが残っている気がして。
「サワメ……」
彼女の居ないお社に、長い間立ち尽くしていた。
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