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「待って、今何時……って、うわ! もうこんな時間!」
ガタッと窓から聞こえてきた音で勢いよく一つの画面から顔を上げた。外は真っ暗。光がぼんやりと見えているが、ここら辺はオフィス街ということもあり薄暗い。
大きな電気は概ね消されてしまったようで、私のパソコンだけが光っていた。ピカピカと電源ボタンが光っているのもあり、室内がチカチカと点滅されている。
「さすがに……帰った方が良さそうね」
ガタガタと何度も揺らされている窓は、いかにも台風が近づいて来ていることを知らせている。後輩に早く帰るように言ってよかった。明日は大型台風が上陸すると聞いていたので、明日の出社は各自で判断するようにと朝礼で言われていた。
出社できない場合にはリモートワークで仕事に励めと言われた時にはなんて素晴らしい会社なのだろうと涙を流しそうになった。そんなホワイト企業の中で私は一人ブラック企業のように働いているのだが。
「あ、やっば。連絡するの忘れてた。えーっと、スマホスマホ……あー……」
どこに置いたのか思い出しながらスマホを探し、手に取って電源を入れた。音が出ないように設定していることもあるのだが、目に入る位置に私用のスマホを置かないこともあり全く見ない。それが仇になるとは。
ズラーっと連なっているメッセージの通知と着信の通知。確か今日は早く帰れるかもって言っていたような。明楽、心配性だからなぁ。
「うーんと、『返信遅れてごめんね。今まで仕事してたよ。今から帰ります』っと。うわ、電話きた!」
送信を押した一秒後に既読がつき、着信の画面に早変わり。ずっとスマホでも見ていたのかってほど。愛が重いと言われればそうかもしれないが、ただの同居相手なのでそんなものはないだろう。スッと横にスワイプをして耳に当てた。
「もしも……」
「きょうちゃん! やっと電話出た! もう、僕すっごく心配していたんだよ! ちゃんと帰って来られるの?」
「ごめんごめん。すっかり忘れてて。帰れるんじゃない? 無理そうなら歩くし」
「それは危ないっていつも言っているでしょ! 僕、迎えに行くよ?」
「大丈夫だって! 今日も夕飯作ってくれてるんでしょ? 火から目を離したらダメだよ」
被せるように心配の言葉を降らせてくる彼。このままでは本当に迎えに来てしまうので、何とかして止めなければ。心配性もここまできたらもはや笑えてくる。心配してくれる人になんてこと言うんだって?
いやいやいや、それは彼の発言を聞いてから言ってほしいかな。
「キョウちゃんに料理のことを心配されたら終わりだね。うん、大人しくしているよ。気をつけて帰ってきてね」
ほら、言ったでしょ?
ありがとうね、とお礼もほどほどに電話を切る。弟のように私の後ろをついて回っている明楽なのだが、今みたいにちょいちょい毒を吐く。私にだけかもしれないが、正直者すぎてちゃんと働けているのかなって思う。
一人っ子の私からしたら可愛い弟にしか見えないので、過保護になってしまう。まぁそんな姿は会社では見せられないけど。
「よし、忘れ物ないよね? じゃ、お疲れ様でーす」
誰もいないオフィスに向かって挨拶をし、真っ暗な部屋を後にした。
外に出た時には室内から聞いている音ではなかった。ゴウゴウと吹き荒れており、木々が斜めになっている。いや、こんな絵画みたいなことある? 雨はそこまで降っていないのが唯一の救い。非常用として折り畳み傘を持っているけれど、ここで使うとボキボキにされそう。
「とりあえず、駅まで行くか」
吹き飛ばされないように必死で耐え、ぎゅっとカバンを抱えた。なんだ、この尋常じゃない風。これで台風が来る前日と言うのだから笑えてしまう。目も開けられない強さの中で一歩一歩踏みしめて進むと、いつもは十分くらいで着く道のりが二十分ほどかかってしまった。
建物の中に入れば風はなくなるので、とりあえず深呼吸。呼吸がまともにできないなんて今後あるか分からない。ボサボサになった髪を整えながら改札口へ向かうと、ぎゅうぎゅうになった人の塊があった。
「え、何これ。みんな何してるの?」
やっと私の言うことを聞いてくれた髪の毛たち。まだふわふわと浮いているが、及第点だろう。頭のてっぺんから髪を梳かしている手がピタッと止まってしまった。人の塊の先には何やら注目しているものが一つ。
大きなホワイトボードに書かれた太文字。その中でも赤色の文字でデカデカと書かれている『遅延』の文字。やってしまった。バスかタクシーでも使って帰ろうかと考えた時、ピンポンパンポーンと軽い音が響き渡った。
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