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ポケットの異変に気付いたのは翌日、喫煙所で休憩している時だった。
「部長どうしたんですか?」
「ライターを忘れたみたいだ。山本くん、持ってない?」
電子タバコに変えてからしばらく持ち歩いていない。が、スナックで貰ったものがないかポケットの中をまさぐってみる。胸ポケット、ジャケットのポケット、ズボンのポケット……すると指先にこつんと何かが当たった。取り出してみると手の中には見覚えのないライターがあった。
「ライター……」
「おっ、借りてもいいかい?」
「えっ、あ、はい」
「さすが。山本くんは準備がいいね」
「……いえ」
昨晩貼り付けたズボンのポケットの中にもう一度手を突っ込んでみる。中には何も入っていなかった。
さらに翌日。
「直己、今日なんの日か覚えてる?」
「え?」
美咲はテーブルの上にフォークを置くと、呆れたようにため息をついた。
「九ヶ月記念日だよ」
「あー……」
だりー!と、心の中で叫ぶ。が、顔には笑顔を貼り付ける。
「うん。そうだったね」
「そうだったって…… ほんとは忘れてたんじゃないの?」
「忘れてないって」
「いーや、その顔は忘れてた!」
ああもうめんどくさい。
いつもの癖でポケットに両手を突っ込むと、右手にちくりと何かが刺さった。不思議に思いながらそれを引っこ抜くようにポケットから取り出すと、ゴージャスなバラの花束が突然目の前にあらわれた。
「う、うそ……!」
美咲は大きな目をさらに見開いて驚いている。しかし、一番驚いてるのは俺だ。用意した覚えもなければ、こんな小さなポケットにバラの花束なんて入りっこない。
「覚えててくれたんだ」
「わ……忘れるわけ、ないだろ?」
「直己、ありがとう!」
美咲はこの上ないくらいに喜んでいた。
タイミングよく出てきたライターといい、昨日から一体何が起こってるんだ?
『いざとなった時に、きっとあなたを助けてくれますよ』
双子の言葉が頭を過ぎる。
俺はまさかと思いながらポケットを見下ろした。
──もし、それが本当なら。
俺はごくりと唾を呑み込んだ。
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