泣いた赤鬼の如く青鬼を想う

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目の前に現れた美しい青い髪をなびかせた少年。 普通では考えられないけれど、彼にはつのがある。人間に見えるけれど人ならざるものなのだろうか? 少し長めの青い髪の毛をなびかせる。 肌の色は青白い。一見病弱な少年にも見える。 誰だろう。見たことはないし、人間なのかも怪しい。 私の口から言葉がついこぼれる。 「あなた、何者?」 「俺は鬼だ。ちなみに青鬼」 「はぁ?」 意味が分からない。 「鬼ごっこをして遊んでいたんだ」 「あなたにつかまったら、何かされるの?」 「命は奪わないから安心しろ。実は、人間としてこの世界でしばらく生活することになった。協力してほしい」 「なんで私が?」 「ちゃんとした成人の鬼になるために人間世界で修行しないといけないんだ。君は、たまたま俺を見てしまったから、協力を頼む」 「嫌だと言ったら?」 「命の保証はない」 にやりと笑う。 命は奪わないって言ったのに!! 何それ? とんでもないことに私ってば、巻き込まれているんじゃない? 目の前で青鬼の姿から普通の人間となった美少年のような鬼は、一瞬にして、つのが消滅した。 「君の学校で人間に役立つことをすることが俺が成人になるための第一歩だ。力は人一倍あるからいじめる奴からおまえを守ることができるだろ」 見た感じ、美しいだけで筋肉は特別あるようには思わないけれど、本当に強いのだろうか? 「人間じゃないのに学校に入ることができるの?」 「鬼は人間の世界に入ることが昔からできるようになっているんだ。ちゃんと日本の国と協定を結んでいるから、一般人として生活することができる」 不思議な話だが、なんだか受け入れてしまう。彼の瞳は他人の心を誘導する。 私は中学二年生だが、一年生の頃からいじめられていた。それがエスカレートして、最近はひどくなっていた。先生に相談しても、いじめる人たちは証拠を残さない。うまくかわしてしまうので、どうにもならない。両親に相談しても、ただ心配されるだけで解決できそうにもなかった。逃げ場がない私は追い詰められていた。そんな時に出会った青鬼と名乗る男。 「俺、鬼だから、怖い者なんてないし。人間よりずっと腕力あるからさ。ちなみに頭脳も発達してるから、同じ歳の奴なんかよりずっと知恵は働くよ」 季節は初夏だった。 風の如く現れた青鬼。 翌日、早速青鬼は転校してきた。 美しい顔をした鬼は制服を着こなし、中学生らしいふるまいをする。 早速、中学校に登校する。泥だらけのボールを投げつけられた。いつもどんくさい私はここで顔に当てられる。泥だらけのボールがぶつかり、着ている洋服を泥だらけにされる。しかし、今日は違う。ボールを瞬時にキャッチした青鬼は勢いよく投げ返す。投げてきた意地悪な男子の顔にぶつかる。男子の顔が一瞬歪み、制服が泥だらけになっていた。他の男子が投げても同じ結末だった。青鬼の運動神経はとんでもなくいいらしい。素早く、重く早いボールを投げることができるらしい。 運動神経はスクールカーストに大きく影響する。 普通の転校生として青鬼は担任から紹介された。 「鬼塚あおいです」ってしれっとしている。 本当は鬼なのに、微塵もそんな様子は見せない。女子たちは顔立ちがきれいなので、キャーキャーと黄色い声を上げる。 勉強も運動もできるし、見た目は美しい。性格は誰とでも仲良くできる。大きな包容力があった。 謎のすごい転校生に逆らおうとする者はいなかった。 いじめっ子の女子が私のノートに落書きしようとしたときに、青鬼は素早く話しかける。 「ねぇ、鬼ごっこしない?」 「鬼ごっこってどういうこと? 私がつかまったらどうするの?」 いじめっ子の女子が少しばかり嬉しそうに答える。 「俺がつかまえたら、君にいうことを聞いてもらうよ。悪質な嫌がらせはやめることってことだ。もし、約束を破ったら――」 青鬼の目が怖い。でも、どうしてそんなに私に優しくしてくれるの? 彼の眼力にかかると、なぜか人間は言うことを聞いた。それは彼の特殊な能力なのかもしれない。 鬼塚あおいには、場をなごませる力があった。彼はその輪に私をうまく誘導していた。 鬼の力なのかはわからないけれど、私は誰からも、悪い干渉を受けなくなった。 鬼塚あおいは男女ともに人気はあったけれど、彼と一緒にいてもなぜか妬まれることもなかった。 それは彼の人間性ならぬ鬼性なのか。鬼の力なのだろうか。 いつのまにかいじめはなくなった。いつもそばにいてくれる青鬼のことがとても大切な存在だと感じるようになった。 「なぜ、そんなに優しくしてくれるの?」 「俺は、鬼として一人前になるために弱い人間を助けるように言われていた。そんな時に、君に出会った。まぁ、下見していて、この町でかなりいじめを受けているという君を知った。だから、この中学校に転校生として侵入した。これは鬼の世界に報告していることだ」 「いじめられなくなったらいなくなっちゃうの?」 「どうかな。人間の世界は思ったより面白い。ただ鬼をやるよりもずっと面白い。だから、もっと困っている人がいたら、俺が助けられたらいいかなぁ」 「私のそばからいなくなっちゃうの?」 「さぁ、どうかな」 「さびしいよ」 こんなセリフをストレートに言っちゃうなんて、恥ずかしい。顔が真っ赤になる。私は赤鬼かもしれない。 「泣いた赤鬼っていう童話があるだろ。あれは、赤鬼の幸せのために青鬼は悪者としていなくなるっていう話だ」 「でも、私は赤鬼じゃないし、あなたは悪者のふりをしているわけじゃない」 「悪者のふりをしていたら、自然とクラスに馴染めていないだろうからな。でも、今、君はだいぶクラスに馴染めるようになっただろ」 「やだよ、行かないで」 「……」 青鬼は嘘をつけない人だ。だから、行かないとは言わなかった。 「俺も君に会えないのはちょっとばかし寂しいかな」 「ちょっとしか寂しくないの?」 少しばかり甘えた口調になる。私こんな性格だっけ? 彼に出会って自分の意外な一面を知る。 「本当はメチャクチャ寂しいなんて言えるわけないだろ」 彼の頬が紅色になる。いつも本音を隠して優しい言葉なんて滅多に言わない。こんなことを言われたら心臓をわしづかみにされてしまう。 「顔が少し紅色になってるよ。青鬼も照れると赤鬼みたいになっちゃうんだ?」 少しばかりからかってみる。 「俺の顔色の悪さは青鬼だから仕方ないんだよ。基本青だから、人間の姿だと、体調悪く見えるんだよな」 意図的に少しばかり話題を逸らせているようだ。 「でも、ほんのり紅くはなるんだね」 諦めたのか赤く染まった頬について認めてきた。 「そうかもな。君のおかげで俺の人間の世界でやるべきことが見えてきた。目標が見つかったよ」 「目標って?」 「この世界の正義の味方になるってこと。いわばヒーローだな。困っている人を俺の力を使って助けようと思ってる」 「君のことは結構気に入ってたぞ。助けることもできたしな。君には幸せになってほしい」 さりげない一言に胸がキュンとなる。これが胸キュンと言われるものだろうか。ときめく幸せを感じる。 夏の終わり、青鬼は引っ越しして転校したことになったと担任から告げられる。 本当に私の目の前から消えてしまった。もう手を伸ばしても触れることはできないんだね。風の如く現れて風の如く去ってしまった。謎に包まれた青鬼。 彼はスマホを持っていなかった。連絡する手段もない。鬼塚あおいに会いたいよ。涙が自然とあふれる。 涙って意外とあったかいことに気づく。しょっぱいことに気づく。 些細な幸せを感じられるようになったのは、青鬼のおかげだ。 世の中のことを視野を広く見ることができるようになっていた。 悪いことも全てひっくるめてうけとめられる心が築かれた。 気づけば、残ったのは、いじめのない世界だった。 青鬼にもう会えないだろうという予感がする。 私の瞳からは涙があふれていた。泣きはらした瞳は真っ赤になり、その顔はまるで赤鬼の如く朱色に染まっていた。 鏡を見て思う。まるで泣いた赤鬼だ。 でも、きっとどこかで彼は誰か困った人のことを助けているに違いない。 正真正銘の正義のヒーローなのだから。 現に私は、彼のおかげで今も生きてられるのだから。 彼はひとつの命を救ってくれた。 ありがとう。たとえ、もう会うことはなくても、この大好きだと想う気持ちは本物だよ。
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