45人が本棚に入れています
本棚に追加
プリムラ
公演を終えた八尋は、関係者全員に深く頭を下げた後、着替えと片付けを速やかに終わらせ、走ってちとせの元へと向かった。
「仲直りできた」「成功した」そんな言葉だけを悠太と柚希に残し、多くは語らず。
今度はきちんと制服姿で校内を走り抜ける。
息を切らせて中庭に向かうと、ボヤ騒ぎのあった屋台をはじめ、すべての屋台が片付けられてしまっていた。
八尋はその光景に少し動揺した後、すぐにスマホを取り出しちとせに居場所を聞く。
「やーひろ、おつかれ」
返信が来るより先に、ちとせのその言葉が耳に飛び込む。声のする方へと振り向けば、クレープを片手に平然とこちらを見るちとせが立っていた。
「あ、お、おつかれ」
八尋はというと、思ってもみなかった両思いに浮かれ、ふわふわと揺られるような心境であった。
「八尋もなんか食う?」
「いや、喉乾いた、かも」
走ったからか顔が熱い。手をうちわ代わりに顔をあおぐと、ちとせは「飲み物買おう」と歩きだす。
八尋は後を追い階段を上がり、休憩所と書かれた教室で飲み物を頼む列に並んだ。
「トロピカルレモネード、ひとつ」
「じゃあ俺はマシュマロココア、ください」
教室内の装飾された椅子には座らず、校内を目的もなく歩いた。
レモネードをぐるぐるとかき混ぜ、冷たいそれで喉を潤す。甘酸っぱくて、爽やかな香りが鼻に抜ける。すごく美味しい。
八尋は地味に感動しながら、ちまちまと温かいココアを飲むちとせを見た。
「ひとくち欲しい?」
八尋の視線に気が付いたちとせが言った。
欲しくて見ていたわけではないが、せっかくなので頷きカップを受け取る。
「ちとせがココア頼むの珍しくね?」
「暑くなかったら、八尋はこれ頼んでたでしょ」
「あぁ、うん」
八尋のためだったのか。
思わず頬が緩み、それを隠そうとそっぽを向きココアを飲んだ。
いつも飲むココアより、甘い。
最初のコメントを投稿しよう!