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八尋と手を振り別れ病院に向かうと、美紗さんはここ数日で一番元気そうにちとせを迎えてくれた。
お土産と言って、寒さに強いプリムラの花とチューリップの球根を差し出すと、少し涙目になりながら「帰ったら一緒に育てよう」と笑ってくれた。
ちとせはまだ、病院も女の人も苦手だと思ってしまうが、この病室が嫌いだとは思わない。
居心地良いまま文化祭の話を聞かれ、ちとせは色々と話してみせた。
たこ焼きが美味しかったとか、お化け屋敷が怖かったとか、ヨーヨー釣りで校内最高記録を出したことも。
美紗さんはなんでもない話のどれを聞いても綺麗な絵画みたいに微笑んでくれる。
それから持っていた一眼レフカメラの写真も見たいと言われ、渋々八尋の写真ばかりのカメラを渡した。
美紗さんは八尋と何度も会ったことがあるからか、八尋の笑う顔が見れて嬉しいと言った。
ちとせも帰りのバスでまた写真を眺め、微笑んだ。
高校生の八尋がまっすぐこちらを見て笑う顔がいつでも見られるなんて。
明日はもっと色々な場所で、色々な八尋を撮りたい。
それにできることなら、二人並んだ写真も欲しい。
欲張っても良いのなら明日だけじゃなくて今後もずっと。
「カメラ、買おっかな」
口の中で呟き、声が漏れていたことにハッとする。
その後、家に戻ったちとせは、リビングのパソコンとプリンターで写真を印刷した。父さんが帰る前にいそいそと。
一番のお気に入り写真を胸に抱えたちとせは自室に戻り、ローテーブルに置いたままのノートを開いた。
そこには、中学生の頃の八尋の写真が挟まれている。
修学旅行の別のクラスの時の写真。ちとせは1ミリだって映っていない写真。
展示されていた八尋の笑顔があまりに綺麗でこっそりと買ってしまったもの。
いつも楽しそうな表情は横から眺めていることが多かったから、カメラ目線が嬉しくて。
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