文化祭

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冷たいはずの秋の夜なのに、熱くて仕方がない。 できることなら、失恋を自覚し俯いたあの夏の自分に教えてやりたい。あのやけにエアコンの効いた部屋でうずくまり放心していた黒髪の自分に。 今、こんなに幸せになれたよって。 そのままちとせを好きでいて良いんだよって。 間違ってないよって、言ってやりたい。 長くて冷たい夏は、いつか終わりが来るんだ。 「八尋、聞いてた?」 「聞いてた聞いてた。なんかずっと嬉しくてさ、めっちゃ熱い」 火の消えた花火をバケツに放り、両手で顔を仰ぐと、ちとせは目をまんまるくしたまま八尋に近づいた。 「ほんとだ、暗くてよくわかんなかったけど顔真っ赤じゃん」 「いや、うん、顔に出やすいらしい」 「見てるこっちが恥ずい。俺、もう花火いい」 ちとせは急に我に返ったのか、バケツを持って歩き出した。 「はあ?こんな持ってきたのに?」 八尋は最初こそちとせの勝手な行動に眉をひそめたが、背中を追って歩き出すと、次第にそんなことどうだって良いような気がして笑いが込み上げた。 「じゃー俺、他の奴らとこの花火消費してから帰るから!」 背中に向かって言うと、ちとせはぴたりと歩みを止めた。それからくるりとUターンし、真っ直ぐ八尋の元へと歩いてくる。 「わざとやってんだろ」 ちとせは呆れた表情で、でもどこか嬉しそうに八尋の持っている花火の束から、一本の花火を手に取った。 八尋はあまりに幸せな夜に、また微笑んだ。 end
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