よくあること

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「じゃあ、他に代わりがいたら、消えんのかな」 ぼそりと呟く。 ちとせは翔のことが好きなのだ。自分が幸せになる日は来ないとわかっている。 それを聞き逃さなかった柚希は微笑んだ。 「叶うかはわからない恋かもしれないけど、消すことないんじゃない」 簡単に言ってくれるな。 「叶わないのに好きでいるのは辛いだけだ」 ちとせが別の男に恋をしているなど間違っても言えない八尋は不貞腐れるかのように言う。 「辛いのは、幸せとの落差が大きいからだよ。手放したらどっちもなくなって平坦な毎日でつまらなくなっちゃう」 柚希の言うことがいまいちピンとこない。 八尋はうーんと唸り、アイスココアを飲み干した。 「まぁでも少しだけ興味の分散ができたら悩みすぎずに済むかもね!」 「興味の分散」 柚希の言葉を繰り返す。先程までの言葉よりもしっくりくるものがあった。 「ねぇ、これだけはやっぱり教えて……新島くんのどういうところが好きなの?」 縋るようにこちらを見る柚希の真剣な顔。 八尋は少し考えてから口を開く。 「前向きで、優しいところ」 それを聞いた柚希は少し意外そうにした後、再び優しく微笑み「いいね」と言った。 それから、アイスクリームを追加注文した柚希がそれを食べ終わるまで、お互いの"推し"と"好きな人"を少しずつ語り合った。 八尋は初めて自分の気持ちを打ち明けたことがなんだか嬉しくて照れくさくて、その日の夜は寝付くまでに時間がかかった。 何度も何度も柚希の言葉を思い出し、自分自身の言葉も思い出し、本当に少しずつだけれど確実に恋心の輪郭がはっきりと見えていくのを感じた。
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