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連絡通路
「八尋、帰ろ」
それから1週間。演劇の集まりやクラス出店の準備がない日に、ちとせは決まってそう言った。
「これだけ柚希に渡してくるから待ってて」
柚希から借りていた本を手に取り目の前に立つちとせを見上げると、帰る準備万端の彼は顔をしかめる。
八尋と柚希はあの帰り道以来、友人と呼べる間柄になっていた。
それが気に入らないらしい女嫌いのちとせは八尋が柚希の話をする度におもしろくなさそうな顔をした。ちとせには悪いが拗ねたような表情も可愛いだけである。
八尋は立ち上がりちとせの頭をくしゃくしゃと撫でてから廊下側の柚希の席へと向かった。
「これありがとう。おもしろかった」
柚希は八尋の声に驚いたようで肩を大きく揺らしてからこちらを振り返った。教室で声をかけるのは控えた方が良かっただろうか。
「本読むの早いんだね」
過剰に驚いてしまったことを恥じらうように笑った柚希が急にその笑顔を崩し目を見開く。目線は八尋の顔ではなくその少し後ろを見ていた。
「なに?」と振り返ると自分のすぐ後ろにちとせが立っており、八尋も驚きの声を上げた。
「え、急いでた?」
待っていてと言ったのに。
八尋が女子と話す時は数メートル距離を置くというのに。
不思議がる八尋の傍で柚希は顔を真っ赤に染めている。"推し"に急接近した喜びで声も出ないのだろう。
「あんたら話し出すと長いから、監視」
不機嫌そうなちとせは柚希の顔をじっと見てそう言った。
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