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よくあること
「八尋、購買行こう」
九月中旬、高校生活二回目の夏休みが明けて一週間しか経っていないこの時期。八尋の失恋発覚から一年が経っていた。
かったるい古文の授業が終わったすぐ後でもちとせの笑顔は美しく、眩しい。
「悪い、今日弁当あるから一人で行って」
蝉の声はまだまだ煩く、夏は続いていた。
「え、嫌だよ。一人でいたら絶対誰かに絡まれる」
「そのくらいどうにかしろよ」
そうは言いながらも八尋はちとせについて歩いた。教室を出て階段を下りると、購買に並ぶ行列ができている。いつもの光景ながら呆れてしまう。
「こんな並ぶくらいならコンビニでよくね」
「学校から出たのバレたらしばかれるし」
「朝買ってくればいいだろ」
「みんなそんな時間ないし、めんどくさいだろ」
人に絡まれるのが嫌な奴がこんな所に並ぶ方がめんどくさいだろうと思ったが、口にはしなかった。
ちとせに付き合うのは別に嫌ではないし、ちとせと悪態をついて適当に過ごす時間が心地良いから。
しかしいくら気分が良くても、エアコンの付いていない廊下は蒸し暑く身体的に不快だ。ネクタイを少しゆるめても意味はなく、小さく溜息が漏れる。
「文句言いながらも一緒に来てくれて、八尋は無駄に優しいよな」
ちとせはニコニコ笑いながら八尋の肩をポンポンと叩いた。ほどなくしてその笑顔が崩れて、視線は八尋から別のところへと移る。
その視線の先には椎名翔がいた。恋する視線とはなんて物憂げで残酷なんだろうか。
「翔先輩とみきちゃん先生ってめずらしい」
「みきちゃん先生って誰」
「選択授業の美術の先生」
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