先輩と受付嬢の話2

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先輩と受付嬢の話2

「ありがとうございました。先輩」 「ました。先輩」 「先輩」  オス。と三人で頭を下げた。四人で夕食も一緒に食べてもう二十二時近い。一番最初に頭を下げた後輩彼女は多分食事の代金多めに出した事を言っているんだろうけれどもあとの二人は何を言っているんだろう。 「恥ずかしいから止めて欲しいんだけど」  往来の駅前で。そう言ったら慌てて彼女だけが顔を上げた。残りの二人はしょうがないな。しょうがないね。と頷きながら顔を上げる。嫌がらせしてるのかな。 「じゃあ、各自気を付けて帰る様に」  帰るまでが水族館。と、一応先輩らしく閉会の挨拶をした。 「はーい」 「青井君と先輩、あっちだよね? お疲れ様ー。梨央ちゃん。帰ろうか」  そう言った受付嬢の邪魔をして彼女の手を引っ張って後輩は言う。 「じゃっ、お疲れ様でしたー」 「す…すいません…。お疲れ様でした」  真っ赤になって手を引っ張られる彼女を見ながらうんうんと先輩と受付嬢は頷く。分かってた。分かってたよー。 「篠井さん。車で送るよ」  先輩の家は一駅電車に乗らなきゃならないけれど、受付嬢が乗り換えして家に帰る事を考えるとその方が早い。でもまさか家まで送ってもらえるとは思っていなくて驚いた。 「え? でも先輩、遅くなっちゃうよ?」 「大した距離じゃないから気にしなくていいよ」  でも往復で一時間はかかるのに。そう思ったけれど有難く送ってもらう事にした。 「楽しかったねー。水族館」  車に乗って受付嬢は言う。人気のある水族館だけあって見応えもあったし、最近仲の良い四人だったのでそれも良かった。朝は色々あったけれども。 「あの二人、相変わらずだったね」 「ねー。今日も見事なおしどりカップルでした」  でも、あの二人と一緒に遊ぶのは楽しかった。四人でいれば四人で楽しめる。そもそもが気遣いのできる子達だからそうだろうとは思っていたけれど。 「あれだけ仲良しでも外からは色々言われるのね」  と、朝の会話を思い出して受付嬢がため息をつく。 「からかってるだけでしょ」 「まぁ、気持ちは分かるけど」  確かに青井君、からかいたくなる。面白いし。そんな事を思っていたら先輩の声が聞こえてきた。 「その内、からかわれる方の気持ちも分かるんじゃない?」 「ん?」  どういう意味? と思って隣を見ると先輩が意味ありげに笑って言う。 「いるらしいじゃん。彼氏」 「…」  青井…。あいつ、本当に口が軽い…。  でも、まぁ、別に良いか。困る事でもない。 「いますよ? いたら変?」 「そうは言ってない」 「先輩は彼女いないの?」 「いるよ」  ああ。そう。ふーん。いるんだ。  …ふーん。 「…先輩って、今まで沢山彼女いた?」 「ん? 付き合った人数って事?」 「うん」 「今の人で二人目」 「…そうなんだ」  意外…かなぁ? 意外じゃない気もする…かなぁ。 「前の人とは長かったの?」 「五年くらい」 「長いじゃん」 「長いかな。青井は八年でもあんなだよ?」 「あそこは標準的な扱いをしないで下さい」 「はい。すいませんでした」  何も反論はないらしい。あっさり謝罪した先輩は次にこんな事を言う。 「篠井さんは? 何人と付き合ったの?」  ブーメランが来てしまった。と、思いながら正直に答える。 「三人、かな」 「へぇ。多いね」 「多いのかな」 「俺よりは」 「まぁ、うん」  頷いて俯く。でもね。先輩。私、先輩みたいなお付き合いはしていないんだ。それ以上突っ込まれたくなくて先輩にこんな質問をした。 「今の彼女はどんな子?」 「どんな子…」  うーん。と、先輩は少しだけ唸った。 「まだ日が浅いから詳しくは分からないけど」  そうなんだ。まだ分からないんだ。 「可愛い」  …は?  その言葉に不覚にも固まってしまった。…うん? 先輩、そんな事言うキャラじゃなくない? と思って隣を見る。先輩は運転中なので前を向いたままだ。 「先輩」 「ん?」 「彼女、可愛いの?」 「可愛いよ」  …へー。…可愛いんだ。そうなんだ。…先輩の彼女、可愛いんだ。…ふーん…? 「…あとは?」 「何が?」 「彼女、可愛くてどんな子?」 「どんなって…うーんと…」  信号待ちで車が止まる。先輩は窓に頬杖をついて唸った。 「結構古風かな。あと、人に気遣いのできる子」 「…えええ?」  ぽん。と、梨央ちゃんの顔が浮かぶ。いやいやいや。 「…そういう子が好みなの?」 「話変わってない?」 「…そ、そっか」  彼女がどんな人か聞いたんだった。…えー? そうなの? 混乱する受付嬢に先輩は言う。 「篠井さんの彼氏はどんな人?」 「え? …どんなって…」  うーんと…。 「…優しい…と思う」 「そう」 「…うん。すっごく優しい人」  弱い自分の声を訂正する様に強い口調でもう一度言った。 「…へー」  という先輩の返事に一人、もう一度うん。と頷く。本当に本当にすっごく優しい人。あんなに優しい人見たことないよ。うんうん。…あれ? これってもしかしてさっきの先輩の「彼女可愛い」みたいな惚気になっちゃってるのかしら。ちょっと恥ずかしくなってきた。 「着いたよ」  と、言われて車が止まった。家の前じゃないけれど、家が見える位近くに戻ってきていた。 「あ、ありがとう」 「遅くなったけど家の人大丈夫?」 「全然大丈夫。先輩も帰り気を付けてね」 「うん」 「じゃあ、おやすみなさい」  シートベルトを外しながら言ったら肩を抱かれた。そのまま引っ張られてキスをして先輩は言う。 「おやすみ。篠井さん」
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