二人の話5

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二人の話5

 とん、とん。と、自分の体に静かな振動が伝わってくる。…あれ。だから私、何歳だっけ? それにあの頃の私とはもう違うんだぞ。 「…壮大君」 「ん?」 「私を寝かしけてる場合じゃないでしょ。壮大君も寝るの。っていうか、壮大君が寝るの」 「…うーん…」  とん、とん、とん。え? 話聞いてる? 「壮大君」 「ん?」 「ぎゅってして」  手を広げたらとんとんが止まった。それからそっと抱き締めてくれる。ふー。やれやれ。これなら眠れるだろう。その腕の中で目を閉じた。その暗闇に、先輩の小さな声が聞こえてくる。 「ねえ」 「ん?」 「さっきの返事をくれない?」 「…」  ああ。そうですか。覚えてましたか。それに、やっぱり本気でしたか。素になっても気持ちは変わらないという事ですね。照れ隠しにそんな事を思いながら目を開いた。じんわり。自分の体が温かいもので包まれたのを感じた。そっか。私、嬉しいんだ。  やっぱり嬉しいんだ。 「壮大君て、結構思い切りが良いんだね」  本当にびっくりする。そんな人だったんだ。今でも普段の様子を見ているとそんな風に見えないんだけどな。 「果歩にだけだよ」  と、静かな声が返ってくる。 「本当に、自分でも何でか分からないけど果歩の事だけはどうしても駄目」  困った様にそう言って、包み込むように抱き締めてくれる。優しさが伝わってくる。思っていたまんまの柔らかい優しさ。  そのまま先輩は教えてくれた。本当はあの時、告白だってする気が無かったこと。でも、もしかしたらこの後すぐにでも誰かに取られるかもしれないって思ったら付き合って欲しいと言っていた事。今回だって、やっぱり何も考えていなかったらしい。けど。 「心配してくれたことも、会いたかったって言ってくれたことも、俺だけに反応してくれてるって言ってくれたことも全部嬉しかった。この先もずっと一緒にいたいと思ったから、形なんて本当は同棲でも何でも良いんだけど、生半可な気持ちじゃないから果歩が良いなら結婚したいって思っただけ」  抱き締めたまま先輩が静かに教えてくれる。そんな事を聞いていたら涙が出てきた。それに気付いて涙を拭ってくれる。取り留めのないことが、この人は全部優しい。 「俺がしてもらっているばっかりで果歩は不安かもしれないけれど、できる限り果歩の理想に近付けるように頑張るから。前向きに考えてくれない?」  何でそんな事言うの?  もう十分だよ。これ以上何が必要なの? 優しくて、側にいると安心できて、仕事も頑張っていて心から応援したいと思う。何一つ不満なんてない。貴方を大好きで尊敬しているんだから変わる必要なんてないんだよ。そのままで十分なの。  うん。と頷いた。こんなに即答できる自分に驚く。でもこの人だったら躊躇う理由がない。ただそれだけ。  先輩もそうだったのかな。そうだったらいいな。  りりり、りりり。と、聞き慣れない音が聞こえてきた。  …ん? 何の音? 「あ…ヤバい」  と、その言葉には似合わないぼんやりとした先輩の声が聞こえてきた。あれ? どうされた? そう思っていた自分を抱き締めたまま、先輩が少し体を起こす。そして受話器を取った。…ん? 今何時?  …ぎゃー!! 十時過ぎてる! チェックアウトの時間じゃない!? アラームセットしてなかった! どうしよう!! フロントから連絡が来ちゃった!? え!? これどうなるの!? 「はい…。そうですよね。すいません。延長できます?」  と、先輩の声が聞こえてくる。ちょっと!? カラオケか何かと間違えてるの!? 目を覚ましてー! 「…はい。じゃあそれで。…分かりました。…はい」  どうも。と呟いて先輩は受話器を置いた。…え?  そのまま先輩を見ていたら、ちょっとスマホを弄ってぽいっと放り投げると強引に自分を抱き締め直して、ふー…とか言ってる。ちょっとちょっとちょっとー!? 「壮大君? あの? チェックアウトは?」 「延長したから大丈夫。もう少し寝かせて」  ぎゅー。何も言えねえ。  って言うか、ホテルって延長できるの? この人こういう事に慣れ過ぎてて本当に怖いんだけどー!!  …って思ったけど、その内寝た。  二人でそれはもうぐっすり寝た。  自分も疲れていたんだな。と、先輩がさっきセットしたアラームで目が覚めて初めて知った。毎日ずっと心配していたし、夜も眠りが浅かった気がする。久し振りに深く眠れた。  昼過ぎまで泥のように眠ってすっきりお目覚め。こんな感覚初めて。一回空っぽになった体が満タンになったみたい。少しだけ体を起こして目を擦っていたら先輩の気配を感じる。振り返ったら何か驚いてる。今日は寝起きいいね。どうしたの? 先輩もゆっくり休めたのかな。 「果歩って、前から思ってたけど綺麗だよね」 「…は?」  何急に。そう思いながら赤面したら先輩も体を起こして後ろからそっと抱き締めてくれる。先輩の熱が伝わってくる。 「本当に綺麗」  どうしちゃったの? まだ寝ぼけてる? 「…そんな事言うの、壮大君だけだよ」  それとも惚れた弱みってやつなのかな。だって私だって先輩のこと、格好良いと思うもん。 「だろうね」  と先輩が笑う。あ、見境いない馬鹿にはなってないようだと安心したら先輩はこんな事を言った。 「これ見れるの俺だけだもんね」  あう…。  この人、本当に人格どうなってるの? とは思っても嬉しい。 「果歩」 「…何?」 「昨日話したこと覚えてる?」  すり寄ってきた先輩の息が肩に触れて痺れた。覚えてる。勿論覚えてるけど。  事の最中にも言ってくれて、落ち着いてくれてくれてからも言ってくれて、朝にも言ってくれるの? そんなに本気? 「……覚えてる……けど」 「けど?」  えええー? どうしよう。冷静になったらここここころの準備が。 「…もう、すぐにでもって事?」 「いや?」  おろおろとしながら質問をしたら先輩は笑った。 「果歩のタイミングで良いよ。そういう心積もりでいてくれれば数年先でも良い」  甘い。甘いよお前は。つくづくそう思ったけど黙って頷いた。
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