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二人の話8
次は先輩の家に行くかどうか。先輩からは何も言われなかったけど、行った方が良い? と聞いたら果歩の良い方でいいよ。と言われた。またかい。と思ったけどそうだよね。別に行かなきゃならないことでもないし、先輩も来てくれとも来なくて良いとも言えないんだよね。うーん。と、悩んだ。本当は行くの怖いけど、先輩が見せてくれた誠意に自分も応えるべきなんじゃないかと思わされている。ここは、えいやっ! とやっとくべきなんじゃないの?
「行く」
「そう? じゃあ親の予定確認する」
そう言われて翌週の週末に決定。早い。何もかもが早い。けれどこうでもしないと何もできない。全ては勢いとタイミングなんだと誰かが言っていた結婚観に納得した。いや、結婚はまだまだだけどさ。
とりあえず服用意して、お持たせも検討して、ご挨拶の練習もして。…あああああー。どうしようー。やっぱり緊張する。と、家でも受付でも隙あらば頭を抱えていた。果歩どうしたんだろー。と、叔父叔母が心配してたらしいけど例によって気付かず。勝手に時間は過ぎて当日を迎えた。
「今日は畏まってるね」
と、迎えに来てくれた先輩が言う。「まあね」と、普通を装って答えたものの声が震えた。ヤバい。どうしよう。先輩のご両親どんな人なんだろう。厳格なお家かも。先輩優秀な人だし。こんなちゃらんぽらんが行って平気なのー!?
と思ったけどもう後戻りはできない。いっそ気付かなきゃ良かった。馬鹿馬鹿。そう思いながら、ただいまー。と、家に入った先輩の後にくっついて中に入った。うん。ご両親いるな。どうしよう。逃げたい。いや、駄目だ。踏ん張れ。あ。そうじゃん。先輩ほどじゃないけどこっちだって人相手に仕事してるんだから何とかなるだろ! 子どもだったらなー!!!
「は…初めまして。篠井と申します」
結局、上擦った声でそう言って頭を下げた。もうなるようになれ。自分以上なんて出せないんだから素直にいけば良いんだよ。と、急に開き直る。うん。開き直ったけどやっぱり駄目だ。足ががくがくしてる。
その対面で先輩のご両親は目を丸くしていた。あー。やっぱり。こんなちゃらんぽらんが来たから。すいません。と居心地悪くなったけど頑張る。
「え? モデル?」
「タレントさん?」
「違う」
と、先輩とご両親がこそこそ話している声が音で聞こえたけど何言ってるんだか分からなかった。
一通りの挨拶が終わってご両親はこんな事を言った。
「果歩さん? …って呼んでも良いかしら」
「はい」
勿論です。お好きなように。と、緊張していたら、あらあらあら。と、お母さんの小さな声が聞こえてくる。すいません。顔上げられなくて。その緊張しきった受付嬢に親が萌えていたのを本人は知らない。先輩だけが一人冷めた顔をして黙っていた。
「そんなに緊張しないで。わざわざ来てくれてありがとうね」
「こちらこそ、お時間頂きましてありがとうございます」
あー。先輩、最初にさくっと言ってたけど思い出せなかったよ。もう駄目だー!
「…何でこんな可愛い子が壮大と付き合ってるんだ?」
「さあ」
ご両親、何か話してる。どうしよう。例によって言葉は分からない。
「あの…じゃあ、せっかくだから聞いても良いかしら。お仕事されてるのよね?」
「あ、はい。小児歯科の受付をしてます」
答えられる質問でちょっとほっとした。その前でご両親ははてな顔。
「歯科の受付?」
「本当に芸能人じゃないの?」
ん? 何ですか? 顔を上げたら目を丸くしたご両親が見える。目だけで隣を見たら先輩が頭を抱えていた。あ。何かやっちまいましたか? どうしよう。
「ええとー。壮大、どう?」
「はい?」
「あの、この子、大丈夫? ちゃんとあなたに優しくしてるかしら?」
「あ、はい。それは、はい」
もう優しいの塊です。流石にそうは言わなかったけれど何度も頷いた。一応それで伝わったらしい。
「こんなに可愛かったらねえ。あの子でもねえ」
「そうだよねえ」
と、また何か話してる。理解はできない。
「私達もちょっと心の準備ができてなくて、ぎくしゃくさせてしまってごめんなさいね」
まさかこんな可愛い子が来ると思ってなくて、実は出会い系か詐欺を疑っている両親は言う。
「いえ。こちらこそ急にすいません」
そんな受付嬢にお母さんはこう言った。
「…ねえ。果歩さん。私達、この子の事よく分からなくて。男の子ってそういうものだと思うんだけど、果歩さんから見てどんな子か教えて貰っても良いかしら」
ん? まぁ…そうかもね。男の人ってそうかも。と、素直に頷いた。本当は自分がどれだけ本気か試されていた質問か本人は気付かない。ただ正直に答えた。
「あの…壮大さんはとても穏やかで優しいです」
先輩みたいにちゃんと顔を上げて話せない。でも、自分の手を見ながら一生懸命話した。本当は失礼かもしれないけれど、ちゃんと落ち着いて本当の事を言う事を最優先にした。
「本当に大変なお仕事なのに、弱音も吐かずに頑張っていて凄いなって尊敬してます。そんな中でも私に気を使ってくれて、どんなに疲れていても穏やかな壮大さんに甘えてしまってばかりで…」
あああ。本当に甘えてしまってばかり。それを言う声が震えた。
「あの…すいません。私、本当に何もできていなくて。私も壮大さんを支えられるように頑張ります」
ううう。と、半泣きで顔を上げたらご両親は首を横に振った。
「何もしなくて良い」
「そうよ。そのままで良いのよ」
本気で息子を好きっぽい。何でー!? と思いながらも両親は安心した。だったらもう、側にいてくれるだけで良いと思うよー!
「それにしても壮大がねえー」
「気が利くようには見えないけど、本当にちゃんと優しくできてるのかねえ」
ははは。と、二人は笑う。
「ほ、本当に凄い優しいです。車で家まで送ってくれたり、元気か心配してくれたり、連絡できないの気にしてくれたり、あと、お土産も沢山…」
あ。この子本当に息子大好きなんだ。と、両親は納得した。同時にそれを喜んでいる受付嬢に好感を持つ。
「あらー」
「そうかそうかー」
「ちょっと、もう良いから」
あ。言い過ぎました? と、先輩に止められて気が付いた。
「お土産買ってきてくれるの。良かったわねー」
「出張ばっかり行ってるんだからそれ位はしないとなぁー」
うんうん。と、小さな子に接するように受付嬢に向かって両親は頷く。そして息子を見て嬉しそうにこうに言った。
「あなたにしては珍しく気が利くじゃない」
「彼女には当たり前だよなぁー? とはいえ見直した」
「いや、ずっと家にも買ってきてるよね」
ん?
冷静に言い返されて両親は顔を見合わせた。あー。そうだったねー。
「日常茶飯事過ぎて忘れてたわ」
「どこの土産かも分からなくなってきてるしな」
もう買ってくるの止めようかな。と、思った先輩の隣で受付嬢が言う。
「あの、両親も凄く喜んでいて。いつも本当に有り難いです」
あ。親御さんにもお土産渡してるなら出会い系とか詐欺じゃないかもー。と、最後の最後まで心配してた疑いがやっと払拭された。
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