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二人の話9
「果歩」
時は少し遡り、先輩のご挨拶から数日後。受付嬢は両親に呼ばれた。ん? と思って二人を見ると、ダイニングテーブルに並んで座ってこっちを見ている。何よ。と思ったら「座りなさい」。え? 急に何? 今までそんな感じじゃなかったじゃん。いっつも三人で下らないことばっかり言ってたのにどうした。っていうか、今下らないことにも付き合ってる場合じゃないんだけど。と、先輩の家にご挨拶に行くことが決まって落ち着かない受付嬢は思った。けど大人しく着席した。
「何?」
「確認しておきたいことがある」
「はあ」
「お前、鈴川君と結婚まで考えてるのか?」
「…は?」
えええー!? 急に何? やっぱり親に会わせるとそういう感じになっちゃうの? まだそこまで話す気はないんだけど!! 心の準備もできてないしー!! …と、言う訳にもいかず。
「……………い」
「い!?」
「……いつか? ……とか。……いずれ? ……とか?」
何とかそれで逃げようとした。けど、両親は許さなかった。
「果歩」
「はい」
「それはお前達のタイミングに任せるけれども」
「はい」
ほっ。
「鈴川君、マジでいい男だと思うぞ」
「思うぞ」
うん。と、二人は同時に頷いた。そこからは親の独壇場。
「あーんなに礼儀正しくて格好良くてハイスペックな男いない!! おまけに優しい! 欠点が無い! 躊躇う理由が分からない!!」
「あんた愛嬌だけはあるんだから、ぼろが出る前に書類でがんじがらめにしちゃいなさい。なりふり構わずいけ!! 結婚しちゃえばこっちのもん!!」
「一番若いのは今だぞ! 最近綺麗になってきたんだから今が売り時だ!」
「鈴川君だってそのつもりがなければ家まで来ないわよ! そうでしょ!? きっとそうよー!!」
と、二人はベタにベタを重ねて褒めてきた。そして些か卑怯な手も勧めてきた。余程お勧め物件だったらしい。それが暫く続いた。娘は口も挟めず茫然。
「だからな」
と、ひとしきりの熱弁が終わって父親が呟く。
「最後は果歩の気持ちが一番だが、お父さんとお母さんは鈴川君だったら反対しないからな」
「しないからな」
と、まだ何も進んでいない内から結婚を許可された。
先輩に至っては受付嬢を送って戻ってきたら親が既にノリノリだった。
「ただいま」
と言ったら「おかえり」も無く、受付嬢と同じく座るように促される。※ここからは簡略的にお伝えします。
「座りなさい」
え? 何? とりあえず座る。
「何?」
「お前、よくあんないい子を捕まえたな」
「今世紀最大の奇跡」
大学受験の時も就活の時にも得られなかった最高の賛辞。
「どうも」
「で、早く結婚した方が良いと思うよ」
早。
「パパとママは異論無し」
えー。一回会っただけで、この年齢で、付き合いだってそんなに長くないのに親からそれ言ってくる?
「一応ほら、あんた大企業に勤めてるんだし、そこをウリに頑張ろ!!」
それ、向こうはつい最近まで知らなかったというウリになるんだかならないんだか分からないポイントなんだけど。
「結婚したからって別れない訳じゃないけど、結婚すれば別れにくくなるだろ。逃がさないようにさっさと結婚しろ。男だろ」
発想がぜんぜん男らしくない。
「親として本気でアドバイスするけど、これが人生最大にして最後のチャンスよ。断言しても良いけど次は無い!」
そうかもしれないけど言い方。
「親に会いに来てくれるって事は、向こうにもその気が全くない訳じゃないだろ。この隙につけ込め!」
え。結婚って隙につけ込んでするものなの?
「何で果歩ちゃんみたいな可愛くていい子があんたと付き合ってくれてるのか分からないけど、間違いに気付く前に早く!」
流石は親。オブラートになんか包まない。
ギャースギャースと捲くし立てる親の前で先輩は小さなため息をついた。いや…あのさ。ぶっちゃけ自分はしたいけど相手があることだから。先方の意志とかタイミングとかさ。…なんて言っても聞きゃしないな。と、交互に熱弁する両親を見て冷静に思う。どうしよう。そんな事を考えていたら急に静かになった両親は顔を見合わせてからこう言った。
「…念の為に確認しておくけど出会い系とか詐欺じゃないよね?」
「違うと思うよ」
「そうじゃないならさっさといけ! うかうかしてると誰かに取られるぞ! 付き合って貰ってるからって油断するな!」
「そうよそうよ。時間が経って仕事しかできない退屈な人間ってバレたらどうするのー!!」
へー。そう見てたんだ。俺のこと。無理もないけど。ギャースギャース。
そんな訳で先輩も許可というか、さっさとしろ急げ急げと背中を押された。
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