二人の話1

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二人の話1

「果歩。最近忙しいの?」  と、友達の声が聞こえてきた。わーわーと煩い居酒屋のお座敷。最近静かなところに行くことも多いけど、こういうところはこういうところでやっぱり楽しい。そう思いながら烏龍茶を飲む。以前はお酒も飲んでいたけれど今日は飲む気にならない。明日仕事だし、何となくあんまり羽目を外したくないんだよな。大人になったよ。私も。  金曜日の夜。集合がかかったので久し振りに友達が集まる飲み会に来た。先輩、最近忙しいみたいで平日に会うのは難しい。寂しい気もするけど仕方がない。こういう場に参加できるいい機会だと前向きに受け入れる事にした。 「え? 別に?」  と答えると、短大の頃から付き合いのある友達は不思議そうな顔をする。 「そう? 飲み会にもあんまり来ないし、どうしたのかなーって皆で言ってたんだよー。お酒も飲んでないみたいだし。元気なんだよね?」  皆。というのはこの集まりの事かな? と周りを見回して思う。本日は十人集合。短大の時の友達に、その友達に、その彼氏に、その友達に。と、男女も関係もごった煮状態。タイミングが合う子が集まって飲もうよー。と、作られたこのグループには二十人近く参加している。皆仲が良いし前はよく参加していたけれど、最近は確かに参加していなかった。 「元気だよー」  自分だけじゃなく、別に誰がいてもいなくても変わらないと思うのに、皆いない事気付いてくれていたの? そんな事を思いながら笑った。 「そう? …なら良いけど…あのさ」  そう言って友達は少し小さな声でこんな事を言う。 「もしかして彼氏できた?」 「…は?」  おっとー? 何で急にそんな事を聞かれるんだ? 今までだって暫く顔を見せない時はあったけど、そんな事を聞かれたことはないぞ? 「何で?」 「…何となく」  っていうか、おかしいでしょうよ。と、この時友達は思っていた。そして、その後ろで耳を澄ませている何人かがいた。怪しい。元々綺麗ではあったけどこんなに色っぽくなっちゃって、さては? と思われていたことを受付嬢は知らない。 「ええとー」  別に隠す必要も無いか。先輩も会社で言っていたって言ってたし。そう思って小さく頷く。 「うん」  その時、後ろで男が二人、無音で転がった。あー。やっぱりね。と、受付嬢の事を良いなと思っていた二人はすごすごと退散した。そして遠くの席で皆に慰められている。けれどやっぱり気付かない受付嬢。 「やっぱりー!? だと思ったー」  その男どもが見えていた友達は、苦笑いをしつつ嬉しそうに頷いた。受付嬢の本当の事は何も知らないけれど、長く彼氏がいなかったことは知っている。周りに彼女を良いなと思っていた子が沢山いた事も。けれどどうにもそういう事に興味が無いのか何なのか、その気にならない様子の受付嬢のことを少し気にもしていた。 「良かったね」 「…ありがと」 「どんな人?」 「…や…優しいよ」  本当にこれしか言いようがない。後はどんな事を言えばいいんだろう。そう思っていたら友達はこんな事を言う。 「いくつ?」 「一つ上」 「仕事は?」  ぐいぐいくるな。と思いながら、えーとと思い出す。 「機械…あーと、工業系の会社?」  だったっけか? ん? 機械扱ってるしか思い出せん。 「へー。何ていう会社?」 「知らん」 「そ、そうか」  と、そこで話が終わってしまったのでその後、作ってるんだっけ? 売ってるんだっけ? あ、商社って言ってたな。と思い出したけれどまたすぐに忘れた。 「工業系? どこの会社か知らんが銀行員の俺じゃ駄目なのか」 「俺だって工場勤務だわ。見ろこの上腕二頭筋」 「馬鹿。別に職業で相手選んでる訳じゃないだろ」 「おい。篠井、相手がどこの会社に勤めてるか知らんって言ってるぞ」 「ほらみろ。…え? マジで? それはそれでどうかと思うぞ」 「でも、やっぱり仕事で男選ぶような奴じゃないんだって」 「じゃあ何が良かったんだよー」 「男に興味がないのかと思ってたのに、頑張ればもしかしたら付き合えたんじゃんかー」 「びびって告白もできなかった男が今更何を言ってもねぇー」  と、ずーっとあっちの方でこそこそ何か言っていたようだけど何も聞こえなかった。  そして日曜日。  土曜日こっちは仕事だったし、金曜日までみっちり激務だった先輩にゆっくり休んで貰って日曜日にデートした。何もすることないけれど、二人でゆっくりお散歩したりお茶したり。それだけでもやっぱり楽しい。安心するし、幸福感を感じる。友達といたって楽しいとは思うけれど、やっぱり全然違うんだよなぁ。  金曜日の飲み会の事も伝えてる。飲み会いってくるねー。と連絡をしたけど何も返ってこなかった。こっちが飲んでいた間も先輩は仕事していたみたい。返信貰ったの、こっちが家に帰ってからだもんね。本当に頭が下がる。 「飲み会楽しかった?」 「うん」 「男もいたの?」 「いたよ」 「ふーん」  それだけで会話は終わった。前にも言っていた通り、そこに口を出す気はないんだろう。焼き餅や嫉妬の感情も今は見えない。ちょっと心配はしてくれてるのかな? とは思う。でもそれって、自分が先輩の会社に行っているだけで感じる感情と一緒。この人の周りには女の人が沢山いて、きっと好意を持っている人もいるんだろうけれど必要以上の心配はしない。どうしようもないことだし、信じてもいるから。  でもこんなきっかけでそれを思い出して不安にはなる。それが少し苦しいのに心地良い。  短い時間だけど会えて良かった。でも、少し寂しいな。こんな事を素直に思えるんだって切なくて嬉しかった。
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