第20話 そして物語とは違う結末へ  <完>

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第20話 そして物語とは違う結末へ  <完>

 父は私の怒りに満ちた殺意に気付くはずもなく続ける。 「だが、安心するがいい。アンナ。我が家にはまだ物置小屋一杯のマッチの在庫があるのだ。だから、これからも遠慮なくマッチを売ってくれ。そうすれば、カメリア家を再建することだって夢ではない! キラキラと目を輝かせて、夢を語る父。 「はぁ! なにそれ! まさか私に物置一杯のマッチを全て売らせるつもり!?」 果たして物置一杯のマッチの分量がどれほどのものかは分からない。だが、父親から先程聞かされた話で一切売上金を渡す気は、失せてしまった。 一方のハンスも驚いている。 「何だって!? そう言えば、噂で誰かがマッチを買い占めてしまったと話は聞いたことがあったけど……あなただったんですか!?」 「ああ、そうだ。俺が買い占めた。全財産をはたいてな」 その言葉に再び怒りが込み上げてくる。 「……もうマッチは自分一人で売ったら? 私はもう知らないからね」 「何を言っている! お前はマッチ売りの天才だ! 俺はマッチを仕入れたのだから、お前がマッチを売るのは当然だろう? 親子は支え合って生きていくものだ!」 言っていることがメチャクチャだ。もうこれ以上聞いていられない。 「……出てくわ」 「え? な、何だって!? 今、なんて言ったんだ!」 父親の顔色が変わる。ハンスも驚いて私を見つめている。 「うるさいな! 出てくって言ったのよ! こんな横暴な父親の元でなんて暮らしていけないわよ!」 幸い、私の懐には15万エン持っている。もうドリーム出版のジェイソン氏とは契約を交わしているし、オーナーの店で働かせてもらうのもありだろう。 「ハンスさん、行きましょう」 今、この家を出るのだからハンスも連れて行かなければ」 「何処へ行く気だ!? 何処にも行かせないぞ!」 私の肩を掴む父。 「離しなさいよ!!」 父親の腕を掴むと、そのままクルリと身体をひねって投げ飛ばす。 「うわあああああ!?」 情けない悲鳴を上げつつ、宙を舞う父親。 そして…… ドッスーン!! 「フギャッ!!」 まるで猫のような叫び声で床に叩きつけられた父は……そのまま伸びてしまった。 「す、すごい……」 床の上で気絶している父に驚くハンス。 「邪魔者は片付けたし、行きましょうか?」 「うん、そうだね。僕と一緒に行こう!」 そしてハンスは私の手を繋いでくる。……何故手を繋いでくるのだろう? とりあえず、手を繋いだまま私達はボロ屋を後にした。 「どうもお見苦しい所をお見せしてしまいました」 橋を渡るとハンスに声をかけた。 「そんなことないよ。凄いものを見せてもらえたと思っているよ」 「アハハハ……お恥ずかしいです。ところで……何処に向かっているのですか?」 未だにハンスは私の手を繋いだまま、ズンズン歩いていく。 「何処って、僕の家だよ?」 「ええ? 何故ですか?」 「だって、アンナが言ったんじゃないか。『行きましょうか』って」 「あ、それは……とりあえず、ここを出ましょうかって意味で言ったんですよ」 「それじゃ、アンナはこれからどうするつもりだったの?」 「えっと……とりあえずは今夜はホテルに泊まって、その後はオーナーを頼ってみようかと思って……」 するとハンスは足を止めると、両手で私の手を握りしめてきた。 「アンナ、何故僕を頼ってくれないの? 言ったよね? 僕の暮らす家には両親がいないって。それに使用人だって誰も気にかけていない話も」 「え、ええ……そうでしたね」 「だから、アンナが僕の家で暮らしても咎める人は誰もいないんだよ」 「そういうものなのでしょうか?」 「そういうものなんだよ、だからアンナ。僕の家で一緒に暮らそう? そうすれば衣食住の心配はいらなくなるじゃないか」 確かにそれは願ったり叶ったりではあるが……。 「でも、赤の他人の私を屋敷に招き入れていいんですか? ハンスさんのお父さんだっていつ帰って来るか分からないし」 「……赤の他人じゃなければいいんだよね? だったら……僕の婚約者になるつもりはない?」 「え……? ええっ! こ、婚約者!?」 一体何を言い出すのだろう。 「うん、僕の婚約者を名乗れば遠慮なくここに住めるよね?」 「それはあまりにも無茶な設定じゃないですか?」 「だったら、アンナが生活に困らないだけの貯金が出来るまで、婚約者でいるフリは? それに……あの家での暮らしは……正直に言うと、寂しんだ。でもアンナがいれば寂しい思いをしなくてすむし」 うん……それなら悪くないかも。 「そうですね。では、それでお願いします」 承諾すると、ハンスの私を握りしめる手に力が込められた。 「それじゃ、僕たちの家に一緒に帰ろう?」 「はい」 僕たちという言葉に少し、ひっかかりながらも私はハンスと一緒に彼の屋敷にむかった。 **** ――その後……。 私はハンスの家で同居させてもらい、ドリーム出版社から『マッチ棒ゲーム集』という本をマッチ棒と抱き合わせで出版した。 この本はベストセラーとなり、私はたちまち大金持ちになった。 大金持ちの私は現在ではハンスの妻として、幸せに暮らしている。 私は見事に『マッチ売りの少女』の物語を書き換えたのだ。 一方、アンナの父親はと言うと……。 マッチの在庫を抱えすぎて父親は火事を起こして住む場所を失ってしまったらしい。 その後、父がどうなったかは……私を含めて誰も知らない―― <完>
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