あの美しい令息は誰?(1)

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あの美しい令息は誰?(1)

とある日の早朝。 『わ!ほんとにいた』 ギルバードが一人で稽古場にやってきたかと思えば素っ頓狂な声をあげるので、ナインハルトは驚いた目を向けつつ持っていた武器を下に降ろした。 『ナインは毎日夜明けからいるってアランから聞いて来たんだけど、本当だったんだ』 「......私になにか用でも?」 タオルで汗を拭って尋ねる。ギルバードが自分を訪ねて来た試しは一度もなく、まさか彼女が目覚めたのだろうかと一瞬どきりとして。 しかしギルバードの面持ちが特段明るくない辺りどうもそうではないらしいと悟る。 『稽古場少し借りられないかなと思って』 ギルバードは階段をゆっくりと降りながら言った。 『この数ヶ月ロクに動いてなくて体がなまってる気がするんだ。いざという時動けないと困るから弓でもやっておこうと思って出てきたんだけど......端の方でいいから少しだけ借りてもいい?』 そういうことか。 「好きに使ってもらって構わない。ちなみに今レディの見張りは?」 『アランが見てくれてるから大丈夫』 ギルバードは稽古場を見渡す。いつもなら賑々しい声が響いている場所だが、今は自分達以外人っ子一人見当たらない。きょろきょろと見回したのち、ナインハルトの手元に目が吸い寄せられる。 『あ、その武器』 その手には湾曲する刃を持つ得物が握られていた。 『盗賊がよく持ってるやつ?』 「ああ、首刈り鎌だが」 ナインハルトは薄く睨み、ギルバードはヤバいという顔をしてあさっての方向を見る。 「何故盗賊が持っていることを知っている」 『ま、前に見かけたことがあって』 「どこで」 『..........盗品探しで、ちょっと』 「レディも一緒に?」 『うん、まあでも探偵稼業は絶賛休業してるしライラの目が覚めても春の乙女で忙しくて再開できないと思うから』 追求をごまかそうとするが、ナインハルトは息をついて、 「盗賊は野蛮な連中だ。レディが近づくには危険すぎる」 『んー.........俺もそう思うよ。でもライラを一人で待たせておく方が怖いんだ。だから目の届く範囲にいつもいてもらってる』 「危ない仕事はしないでほしい。せめて私が危険を察知して駆けつけられればいいが―――」 ナインハルトはなにか考え込む顔をして首にかけている金の鎖のペンダントを握り、ギルバードは体を曲げて鎌をしげしげと覗き込んだ。 『剣士ってこういうのもやるんだ。知らなかった』 「いや、これは私が好きでやっているだけで」 そう言えば、とギルバードはぽんと手を打つ。 『弓やクロスボウもできるって聞いたけど鎌も使えるのか』 どうやら彼女はその日の出来事をつぶさにギルバードに話しているらしい。主人と使い魔でありつつ姉弟か友人みたいだと思いながらナインハルトは頷いた。 「基本的な武器なら一通り扱える。相手や環境に応じて使いやすい武器が変わるから、いくつかできるようになっておくといい」 事実、飛んでいる毒蜂キメラとの戦闘の際には剣ではなく槍と弓で撃墜していた。 ギルバードはじっと鎌を見つめて、 『持ってみてもいい?』 「ああ。刃には触らないように」 『........うわ、意外とずっしり』 柄を持って刃を眺める。農具の鎌より大振りだが湾曲しておりリーチは短い。近接武器としては短剣の方が使い勝手が良さそうに思った。 『これ、このままグサってやるの?』 鎌の切っ先を見ながら言うので、ナインハルトは笑って鎌を受け取ると稽古場の壁にあるレバーを二、三度上げ下げした。 人型の直立する標的が出たところで、 「突き立てるんじゃなくて、後ろから引っ掛けて手前に引いて使う」 標的の腕を背後から捕らえて首に刃をかけて引いてみせた。ゴロリと首が落ちて標的は消失し、ギルバードはおっかなびっくりしつつも興味津々の眼差しで言った。 『俺もやってみたい』 再び鎌を受け取るとギルバードは恐る恐る標的の首に刃をかけ、えい、と引いてみた。しかし刃は半分ほど食い込んだところで止まってしまい、押しても引いても動かなくなってしまった。 『んっ?あれっ?』 「思い切りが足りない。それでも一応致命傷にはなるが相手を余分に苦しめる。顎下にかけた後ためらわず一息で引いてみてくれ。上側にもぎとるイメージで」 ナインハルトが鎌を外してまた手渡してくれるので、ギルバードはもう一度挑戦する。すると先程見せてもらった手本のように首はあっさりとれて下へと落ちた。 『できた!』 「うまいじゃないか」 やっている内容こそ狂気的だが、好奇心を刺激された子供さながらの様子は微笑ましく映った。 「狭い洞窟や地下だとこういった小ぶりな武器しか使えない場合がほとんどなんだ。個人的には普通の剣が一番扱い慣れているし好きではあるんだが.........まあ、選り好んでばかりもいられないから」 複数武器の練習は戦闘の役に立つからという理由だけでなく、立場上剣士以外の稽古にも付き合わなければならないためと、アランの側近という立場を維持するにはそれなりの研鑽が必要だと思うがゆえにやっていた。 『へえ......』 鎌を返しつつギルバードは感心する声を上げる。 アランからナインハルトは練習熱心で職務の時以外は大抵稽古場にいると聞かされていた。既に名を挙げている人間がなにをそこまでやることがあるのかと思っていたが、まさか武器全般の練習をしているとは思わなかった。 『少し質問してもいい?』 人となりに興味が湧いて身を乗り出す。 「..........構わないが」 なにを聞いてくるのだろうと身構えつつ、ギルバードとこのように話す機会もなかったためまあいいかと思う。 それじゃあ、とギルバードは思案しつつ、 『剣を始めたのはいつ?』 「6、7歳くらいだ」 『始めたきっかけってやっぱりギリアン?』 「ああ。ブラッドリー侯爵に憧れて10歳の時に戦士を育成する学校に入った。アラン様ともそこで」 『ヴァルギュンター、ってとこ?』 「そうだ」 『そこってどんなところ?』 ざっくりとした質問だったが、ナインハルトは瞳を上げて暫し考えてから、 「一口に言えば戦士として模範的な戦い方を学ぶところだ。ただ、男の集まりだから模範的とは言い難い部分もたくさんあったなと今思えば」 『そうなんだ』 自分には無縁の学校生活。具体的な想像こそすることはできないものの、なんとなく楽しそうだと思った。 『ナインハルトって今何歳なの?』 「22。もうじき23になる」 『アランも?』 「ああ。彼は早生まれだからしばらく22だ」 となると、今年39歳になるギリアンとは16歳差。 そう計算して、あれ?とギルバードは首を傾げる。 『ギリアンに憧れてヴァルギュンターに入ったって言っても、ナインハルトが10歳の時ギリアンはとっくに過去の人なんじゃない?』 聞くところによるとギリアンの英雄譚は彼が18歳の時に完結しており、その頃のナインハルト達はまだほんの2、3歳。10歳の時点ではギリアンは26歳になっており、戦地には行かずに領地の仕事や王宮での剣士育成に落ち着いていたはずだった。 ああそれは、とナインハルトは苦笑する。 「憧れたのは親の熱弁の影響なんだ。親世代が侯爵の全盛期を直接見聞きしている。私は昨年冬に侯爵邸を訪れたのが初の対面だった」 『そうか、親か。なるほどね』 なんとなく理解した。 当時、親達が熱く語る英雄譚に憧れる子供や、親として子供に剣士の道を期待するムーブメントがあったのだろう。 ナインハルトは瞳に懐かしさを滲ませる。 「子供の頃は将来王宮で英雄の直接指導を受けるんだと楽しみにしていたんだが、まさか彼が戦士を辞めるなんて思いもしていなかった。その去り方も伝説の英雄らしくていいという者もいたが、あの若さでの引退を惜しむ声ばかりだった」 『あー......そうだよね』 ライラが学園でいじめにあい、引き籠もり生活を始めたからだとは言えなかった。 話題を変えようと無難な質問をすることにする。 『兄弟はいるの?』 「姉が3人いる」 『姉ってことは、ナインハルトが公爵家を継ぐってこと?』 「ああ。代替わりはまだ先だが」 『そうなんだ。剣士の仕事とは別に家のこととか、たとえば結婚とかそういうのはいいの?』 毎日朝から夜まで王宮にいるとなると、屋敷には寝る時くらいしか帰らないことになる。嫡男とはいえ代替わりもまだ先となればそういった生活も許されるのだろうか。 これは至極軽い気持ちで聞いたのだが、ナインハルトはぎくりと不自然に動きを止めた。
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