戦士になるべきは(1)

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戦士になるべきは(1)

それはライラが目覚めるより少し前の時間。 『アラン、後はよろしく。あ、もし時間あったらライラを日光浴させておいて。あとそのハーブティー飲めるなら飲んでおいて』 言い置いて離宮を出る。 秋の風が心地よく吹く爽涼(そうりょう)な早朝。辺りには衛兵くらいしか見当たらないが、念のため人目を避けようと王宮の端っこを通って楕円形の建物―――稽古場を目指して歩く。 「ギルバード、こっちだ」 出入口でひょっこり頭だけ覗かせているギルバードに気がつき、ナインハルトは笑って壁際から声を掛けた。 『おはよう、ナイン』 「おはよう。レディの見張りは今日も彼が?」 『うん』 ギルバードは(はや)る気持ちを抑えて行儀よく階段を降りる。 『今朝はまだ疲れてない?』 「ああ。準備運動しかしていない」 『よかった!』 えい、と最後の二段だけ跳び降りてナインハルトの前に立ち、彼の背後を覗き込んだ。 『この人達は?』 そこには三人の青年が立っていた。 「私の部下で後輩の戦士だ。左からミカエル、ルーベウス、ゼクソニアン。今日の手合わせを観たいというので連れてきた。彼はギルバード。ライラ=ブラッドリー嬢の使い魔だ」 三人が頭を下げるのでギルバードも真似をしてぺこりと礼をする。 『はじめまして』 思えばアランとナインハルト以外の戦士に話しかけるのは初めてだった。顔を上げたのち、しげしげと観察する。 ミカエルは以前見たことのある青年だった。緑色の瞳には明るく人懐っこい輝きがあり、腕には使い魔と見られる白いウサギを抱えている。 ルーベウスは白っぽい髪で肌は浅黒く、腰に両手剣を差している。二本の剣は柄尻同士鎖で繋がれ、鎖は後ろに回して提げられていた。 ゼクソニアンは長髪を一つに束ね、背に太刀と見られる細長い武器を背負(しょ)っていた。ピアスをつけており男性なのに珍しいと思った。 対する三人は総じて驚いた面持ちをしてギルバードを眺めていた。 「......人間にしか見えない」 不審気な面持ちでゼクソニアンが呟き、ミカエルとルーベウスも同調して頷くのでギルバードは一時変化を解くことにする。 目を閉じて数秒、ひんやりとした床の感触を腹に感じながら上を見上げるとルーベウスとゼクソニアンはいつしかのナインハルトと同じような驚愕顔で立っており、ミカエルはジタジタと暴れる白ウサギと格闘していた。 「ロッソビビるなって!!お前の方が大きいのに...っ」 ギルバードはきょとんとして暴れるロッソを見る。 もしかして怖がってる? 大さじ三杯ぶんの体重しかないとリリアナに嘆かれるくらい小蛇の自分を? f8340763-a5b6-4274-ae99-963ce56abaaa 思い出してちょっと切ない気分になりつつ人間の姿へと戻った。するとロッソは依然警戒する目つきではあるものの暴れるのをやめて大人しくミカエルの腕に収まった。 『ごめんミカエル』 一応謝る。 『まさか怖がられるとは思ってなくて』 「こちらこそごめん!ロッソが臆病すぎるってだけだから気にしないでくれ」 「本当にビビりだよなあ。俺のブリッツのことも怖がるもんなあ」 ルーベウスがロッソの額をくりくり撫でてからかうと、ミカエルはルーベウスの肩に肩をぶつけて薄く睨んだ。 「ブリッツが追っかけ回すからだろ!」 「あれそうだっけか」 「こいつぅ......やれロッソ、ウサギキックだ」 じゃれる二人を横目にゼクソニアンは切れ長の双眸を細めてギルバードに頭を下げた。 「疑って申し訳ない。貴殿もかのご令嬢も一方(ひとかた)ならぬ力の持ち主だとお見受けする」 『あ、ううん...』 堅い口調に(とし)いくつ?とツッコミたくなるのはこらえておく。 『神力は強いと思うけど、実戦経験はキメラくらいしかないから。上手く動けるかどうかはなんとも』 屋敷でギリアンとゲームをしても手合わせをすることはなく、他の使い魔と戦う機会もこれまでなかった。 「初の手合わせが隊長ってすごいですね」 ミカエルはなんとも言えない顔でギルバードとナインハルトを交互に見、ルーベウスは熱の籠もった視線で尋ねた。 「隊長、今回神力ありですよね」 「ああ、剣はトレーニング用の切れないものだが神力は普通に使わせてもらう。構わないだろうか」 問われギルバードはぶんぶんと頷く。 『いいよ、俺の武器は神力そのものだし。というか俺の武器も()()()()()()()()()()()から、ナインと条件同じになるかも』 「そうだな。ちょうどいい」 ナインハルトは笑い、ミカエルが持ってきた剣を受け取ると床にひかれた白線を示して言った。 「そろそろ始めようか」 『うん!』 ナインハルトの神力はどういうものだろう。 早足で定位置に向かい、ギルバードはかつて見た稽古風景を思い出す。たしかあの時ナインハルトの剣が光った後にミカエルは尻もちをついていたはず。 二人向かい合い白線の上に立つ。 壁際からミカエルが口上を述べる。 「アルゴンの戦士よ。身命身使(しんめいしんし)()し悔いなき一戦を」 じり、と大気が緊張を孕んで静かになる。 そして、 「............始め!」 刹那、無風だった稽古場に二迅の風が吹き抜けた。 剣を抜いたナインハルトが一直線に距離を詰め、対するギルバードは輝く大弓を手に軽やかに後退していた。 ギルバードが弓を引くよりも前にナインハルトが剣の間合いに到達する。斜め上からの重たい斬撃をギルバードは大弓でがっちり受け止めて横薙ぎに振り払う。キィンと氷を割るような涼音が鳴り響く中、ギルバードはひらりと跳躍し空中からナインハルトの背を目掛けて連続して矢を射った。しかし難なくすべて斬り捨てられ、ナインハルトは着地するギルバードの元へと再び迫る。 互いに息もつかせぬ応酬。 ギルバードの赤い瞳は楽しげに輝き、ナインハルトの碧い瞳は冷静に対象を捉え続ける。 せっかくもらった機会(チャンス)。 いろんな技を使ってみたい。 そう思ったギルバードはナインハルトの斬撃を飛びのいて()け、身を翻して点在する備品に駆け登り、備品を踏み台にしてぴょんぴょんと翔け始めた。 大技がくることを予期してナインハルトは深追いはせず、剣を構えてギルバードの一挙手一投足を見る。 せーのっ 思い切り勢いをつけ、ギルバードは備品を蹴って大きく宙にジャンプした。そしてナインハルトではなく天に向かって上向きに何度か矢を放った。最初こそ数本に見えたその矢は空中で発光して分裂し、天から弧を描いて驟雨(しゅうう)の如く降り注ぐ。 「すご...」 壁際から見ていたミカエルは身を乗り出して小さく呟き、ロッソは瞳にきらきらとした光を映してじっと佇む。稽古場に溢れる神力はアランのデルタリーゼを想起させ、ルーベウスとゼクソニアンは言葉を発さずにただその光景を見る。 この時、ナインハルトは自身に向かい来る矢を静かに見上げて立っていた。 ひとつ息を吐き、大きな斬撃に備えて剣を引く。 シャルロットが上手く入り込めればいいが、タイミングが僅かでもずれてしまえばここで敗北するかもしれない。 呼吸を整えて集中する。降る矢が間合いに近づくにつれて、彼の剣は煌々(こうこう)と光を放ち始める。 ギルバードは辺りの眩しさに目を細めつつナインハルトの出方を伺っていた。我ながら荒業とも言える攻撃。彼は逃げずに受ける気らしいが一体どう対処するんだろう。 そう考えていた時だった。 降る矢の煌めきの中で強い光が発されたかと思うと、多量のガラスが砕け散るようなけたたましい破壊音が上がってナインハルト周辺の矢がみるみる内に粉砕、崩壊し始めた。 『......へえっ?』 ぽかんとして固まる。 『衝撃波?』 考察する(いとま)はなかった。光の中を切り裂いてギルバードの身に矢が飛んできていた。反射的に(かわ)すも数本連続して腕をかすめ、走る痛みに思わずよろめき腕を押さえてそんなはずはないと驚愕する。 痛いだって? こちらに駆けてくる足音を聞く。ギルバードは破壊された矢の残滓を払い、迫るナインハルトの姿を視認する。 通常、自分の神力によってダメージを受けることはない。となれば彼の使い魔シャルロットが矢になにかしらの手を加え、攻撃者をも貫く矢として放ってきたに違いなかった。 直後、風切り音と共に硬質な音が上がる。 弓幹と剣刃とが()り合い擦れ合ってキシキシと鳴り、ナインハルトの剣が(にわか)に光を発するのを見てギルバードはすぐさま弓を下げて後退した。 直接食らって能力を()るという手もあったが、なるべく怪我するなとアランに念押しされている手前その手段を安直に選択することはできなかった。 ギルバードが後ろに跳び退(すさ)って矢を放てばナインハルトは間髪入れずに輝く剣で斬り払う。斬られた矢はあるいは消失しあるいは弾かれてギルバード目掛けて返される。 それを数回繰り返したのちギルバードは確信する。 カウンター。 ナインハルトに弾き返された矢を大弓で払うとビリビリと腕が揺れるほどの衝撃を感じる。自身に当たるのも奇妙だが、どうも()()()()()()()()()()()()()()。 試しに矢を放ってすぐナインハルトの背後に回り込んでみた。彼の正面にさえいなければ返される矢は回避できると考えての行動だったが、弾かれた矢はきっちりギルバードの元へと返ってきた。 そう、たとえ彼の背後にいても備品の陰に隠れようとも()()()()()()()()矢が返る。 より強力な一矢として。 単純なカウンターじゃないんだ。 備品、壁と蹴って大きくジャンプし返される矢をひらりと避ける。 使い魔シャルロットが持つ能力。 それは相手の攻撃に神力を上乗せし威力を増幅させた上で攻撃者本人に差し戻す力。 戦士スキル。 この時、戦いの最中にも関わらずギルバードは感動していた。キメラ相手に一人で戦うのとはまったくもってわけが違う。同じスキルを持つ者同士のぶつかり合いは新鮮でわくわくとして楽しくて、かつてない喜びに心が踊る思いがした。
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