戦士になるべきは(2)

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戦士になるべきは(2)

他の攻撃も試してみよう。 そう思い立って、床のいたるところに五月雨に矢を放った。今度はなんだと足を止めたナインハルトにニッと笑いかけてから、刺さった矢が消える直前に大弓で床をカツンと打ち鳴らした。 その途端、矢が一斉に爆竹のようにバチバチと激しく弾け始める。 弾ける光は目眩ましとなり、ギルバードはその隙をついてナインハルトに一矢放つが自分も眩しさにあてられて顔を逸らした。 「ははっ......」 ナインハルトは右腕を押さえて苦笑する。 ギルバードが放った一矢はしっかりと利き手に命中しており思わず笑いがこぼれていた。それは自嘲や侮りではなく感心と興奮からくる笑みだった。 ギルバードは強い。 だが荒削りも荒削りで、まだスキルを充分に使いこなせてはいない。 放たれる矢をシャルロットの力で跳ね返し、後続の矢はただ避けるだけにしてギルバードとの間隔を縮めようと追いかける。しかしギルバードは備品や壁を伝って逃げ、ちょうどいい射程距離を保とうと動き続ける。その軽快な足取りや柔軟性などを見るにつけてもナインハルトは気分が(たかぶ)ることを抑えられなかった。 今まで全然気がつかなかった。 変化中のギルバードは完全に人間と同じ振る舞いをして生活しており、移動も基本はてくてく歩き、走ったとて人として常識的な速さに留まり、稽古場に来る際も階段を一段一段ゆっくりと丁寧に降りていた。 だからまさか空中で矢を数回放つ余裕があるほどに滞空したり、数メートル間隔で置かれている備品を飛び石のように使って軽々翔けたりできるなんて微塵も思っていなかったのだ。 普段人に見せないだけで潜在能力(ポテンシャル)は非常に高い。 戦士として育成すればどれほど強くなるだろうか。 そんなナインハルトの思惑は知らず、ギルバードは終わらない追跡をどう振り切ろうかと考えていた。ナインハルト自身が弓を扱えるためわかってやっているのだろうが、ある程度間隔をとらなれば弓に矢をつがえて引くまでの間に間合いを詰められ斬られてしまう。 追跡は延々と続き、それでも一瞬距離ができた隙に足を狙って矢を放つがあっさり避けられ一気に距離を狭められる。 足止めしないと。 追い詰められる感覚にぞくりとして咄嗟に目眩ましの矢を放った。閃光に包まれる中ギルバードは一瞬目を細め、すぐに見開く。 目前に閃く剣があった。 ナインハルトは閉じていた碧い目を開き、剣を大きく振り下ろす。ギルバードが大弓で受け止めた瞬間、剣は青白く光り輝いて――― 『あいたたた......』 シャルロットのカウンターをモロに食らい、ギルバードは背後にあった備品にぶつかり床にどうと倒れ伏していた。 勝負あったかとミカエル達は見守るが、よくよく見ればナインハルトも座り込んで左腿を押さえていた。 カウンターを食らう寸前、ギルバードは右手で矢を持ちナインハルトの腿に突き刺していた。青く輝く神力の矢は物を壊すことはできても生物の肉体を損傷させることはない。 ということで容赦なくぶっすりと深く直刺ししていた。 ギルバードはごろんと仰向けに寝転がってナインハルトを見、ニッと笑ってピースする。ナインハルトは痛みに表情を歪めつつも笑って立ち、歩み寄って手を差し出した。 「いい勝負だった」 ギルバードは手を掴んで立ち上がり、装束の乱れをぽんぽんと直してからナインハルトに向き直ってお辞儀をした。 『ありがとうナイン。シャルロットも。すごく楽しかった』 壁際からミカエル達が走ってきて二人のそばに立つ。 「隊長、私も是非彼と手合わせしたいのですが」 ゼクソニアンが声を上げ、ルーベウスも食い気味に続く。 「俺も!な、ミカエルもやるよな?」 「俺は手合わせはいいや。むしろ弓を見てほしいかなあ」 「はあ?!お前それでも剣士かよ」 またじゃれあいを始めた二人はさておき、ギルバードはそれぞれの顔を見て勢いよく頷く。 『もちろん俺は構わないよ。でも戦士じゃないのにそんなにやらせてもらっていいのかなとは思うけど』 遠慮がちに言ってナインハルトの方を向くと、彼はなにやら考え込んでいるようだった。 『.....ナイン?』 「少し待っていてほしい」 ナインハルトは(きびす)を返し、先程ギルバードが踏み台にしていた備品のひとつ―――金属製の箱を開けてごそごそと探り、革製の大きな包みを取り出して持ってきた。 「この弓を射ってみてくれないか」 『んー?わかった』 差し出されたそれは鉄製の太い大弓だった。 ギルバードは弓と矢を受け取ると稽古場の端に移動して、前方に備え付けられた標的に向かって弓を引き射る。ガン!と重い音が上がる。 『射ったよ』 「何本か同時にいけるか」 『多分三本までなら..........ほら』 指に挟んで三本射ってみせるとナインハルトは太い槍のような武器を渡してきた。 「それも的に投げてみてくれないか」 『.....いいけど』 一体なにを見られているのか。 意図はわからなかったものの、的あてゲームは得意なので素直に従う。射った矢は標的から引き抜き、狙いをつけてえいやっと振りかぶって槍を投げる。 『これでいい?』 槍は標的にグッサリと、矢を抜いた際にできた穴を貫き通して突き刺さっていた。 「いや命中率えっぐ」 ミカエルが呟く中、ナインハルトは以前王宮のパーティでライラが見せた芸を思い出していた。あの時令嬢には不釣り合いな能力だと感じたが、ギルバードであれば高重量の武器も難なく扱えるらしい。 戦士になるべきは彼女ではない。 むしろギルバードの方だ。 「レディは弓を特注しているが、ギルは作らないのか」 『ん?んー.....』 目線を逸らして言いよどむ。その口調はなにか思い悩むものに聞こえて、ナインハルトはもしやと察する。 「あまり好きではない?」 『んー......うん。あんまり使いたくない』 ギルバードは手の内で神力の大弓を形成する。輝く弓はギルバードの白い容貌を青白く照らす。 『どれだけ射ってもこの矢なら殺さない。当たれば痛いし衝撃はあるから、転んで頭打って死なせるとかはあるかもしれないけど』 「殺すのが怖いから普通の弓矢は使いたくないと」 『うっかり敵じゃない人に当てるのが怖いんだ。相手が全員敵ならいいんだけどさ......戦うこと自体は楽しいと思ってる』 そう言って手の内から弓を消した。 ナインハルトは暫し考えた末に息をつく。 「なるほどな」 「普通の弓を持てば普通に普通の戦士っぽいのにな」 ルーベウスがもったいないと言いたげに呟き、ギルバードは微妙な気持ちになって頭をかいていたが、 「............似ている」 ぼそ、とゼクソニアンが発した言葉に小首を傾げる。 『似てるって?』 「ブラッドリー侯爵に。かの御仁も基本は木刀だろう」 好戦的で高い身体能力と強い神力を持つくせに、殺せない武器を使いたがる。 ギルバードを除く面々は、燃え盛る正門を前に木刀を持って立つギリアンの姿を思い浮かべていた。 ナインハルトはギルバードに碧い眼差しを向ける。 「怖いと思うのはただ単に経験不足なだけだ。仲間と協力して戦ったことがないからだろう」 ギルバードは戸惑い顔で瞬きをする。 『"なかま"って友達と同じ?』 「.....そういう場合もあるしそうでない場合もある。"味方"だと思ってくれればいい。敵の逆だ」 『それならまあそうなのかも。俺はいつも一人だから』 本人は気に留めていなかったが、それはうら寂しい響きに聞こえた。 ナインハルトは思う。 現状この世界においてギルバードは特殊で異質な存在なのだと。しかし人間然とした振る舞いや本人の素直で純粋な性格を思えば、今後人の輪の中にも居場所を見い出していけるに違いない。余計なお世話かもしれないが、と考えながらも続ける。 「敵味方が混在する戦いは経験を積む以外慣れようがない。許可取りがいるからレディが目覚めた後になるが、チーム戦の稽古をする際には参加するといい」 『えっ、いいの?』 ギルバードは赤い瞳をキラキラと輝かせ、ナインハルトは微笑んで言った。 「ああ。皆にもいい刺激になる。修練を積めば武器への抵抗もなくなるだろう」 『......やっぱり、普通の武器も使った方がいいのかな』 「ギルが敵を殺せない以上、いざという時にとどめを刺すのはレディになるだろう。本人は気にせずやりそうだが、その機はなるべく減らしたい。ゴーレムリーフもレディが飲むのはもっての他で効果のほどは不明だがギルに飲ませる方がまだ―――」 四者の視線を浴び、ナインハルトは口を閉ざす。 ミカエルがぽそりと、 「そうか、隊長はライラ様が屈強な戦闘狂になることを阻止すべく代わりにギルをムキムキゴリラマッチョ戦士にしようと裏で画策」 「ミカやめろ。邪推するな」 睨む視線には毛ほども怯まずミカエルはロッソの手を持ちナインハルトの腕をぽんぽんとやって訳知り顔で、 「隠さなくても、アルゴンの戦士はたとえ拷問されても口を割りませんから」 「やめろ。画策なんてしていない」 『ナイン、俺のことムキムキゴリラにするの.....?』 「しない!そもそもならないだろう」 そんな他愛もない会話を交わしていた時だった。 稽古場の扉がバタンと大きな音をたてて開かれた。 ギルバードは驚いて声を上げる。 『あれっ?アンナ...』 そこにはアンナがいてぼろぼろと泣きながら立っており、ただならぬ様子を感じて皆足早に階段を上がって出入り口へと集まった。緊張が走る中、何故かゼクソニアンだけはアンナを見てはっとした表情をして立つ。 「離宮でなにか」 ナインハルトの問いにアンナはひとつしゃくりあげ、メイド服にかけていたエプロンでごしごしと目元を擦り笑って言った。 「ライラ様が、やっと目を覚ましました」 聞いた瞬間、ギルバードは稽古場を飛び出していた。
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