71人が本棚に入れています
本棚に追加
思わぬ暴露(2) 私が春の乙女ですって?
.....春の乙女?
ライラは怪訝な目をカナンに向ける。
明月祭の件ではなくて?
「実は―――」
以降、眠っている間に起きていたマリアンナの役目辞退や自身の推薦の話を時系列で告げられて、ライラの表情はみるみる冷ややかなものへと変貌していく。殺伐とした空気の中カナンは淡々と話を進め、単なる業務連絡のように締めくくった。
「―――と、いうことで国民投票を行いました結果ライラ様が新たな春の乙女として選出されました。春の乙女は国の安寧と豊穣祈願のみならず国を代表する淑女として他国訪問なども行う重職です。まずは来月初旬に神殿で開催する明月祭に向けてすみやかに準備を進めてください」
「..........状況は理解しました、が」
マリアンナの代理で春の乙女をやれですって?
冗談じゃない。
「できません。本日限りで辞退させていただきます」
怒り心頭だった。
どこをどう聞いてもマリアンナのわがままを許可した尻拭いを命じられているとしか思えなかった。
「辞退は不可能です、決定事項ですので...」
カナンは眉を釣り上げ怒りを露わにして言い掛けるが、射殺さんとする赤紫色の瞳を目の当たりにしてひるみ目を泳がせた。
ライラはドスの効いた声で詰問し始める。
「教えてください、あえて私を選ぶ必要がどこにありました?他の方にすれば少なくとも三か月を準備期間に充てさせることができたかと思います」
「それはマリアンナ様の強い推薦のご意思もありますし、アルゴン国民の真心があなたを是非にと選んだのです。神殿としてその願いをどう覆すことができましょうか」
「先程春の乙女は国の重職だと仰いましたよね?であればマリアンナ様の推薦や国民の願いを優先するのではなく直ちに機能する代理を立てて引き継ぎを開始するべきだったのではありませんか?」
「......国民投票は伝統です」
「伝統なんてマリアンナ様の辞退を容認された段階で打ち壊しておいでではありませんか。それでもなお伝統を重んじる姿勢をとられるのであれば寝ている人間を指名するべきではありません。もしこの三か月私が起きるのをただ悠長に待っていたのでしたらはっきり申し上げて怠慢としか思えませんがその点どうお考えで?」
ライラは滔々と責め立てて問いただし、その光景にサイモンとサイラスはギリアンの方をちらちらと見て「娘を止めろ」と非難の視線を送っていたがギリアンは黙って無視をきめ込んでいた。
こうなることを予期して「春の乙女について娘から質問が出た際にはしっかりと聞いて回答してやってほしい」とライラが広間にやって来る前に事前了承をとっていた。
「それで、後一ヶ月もない明月祭でなんの準備もしていない人間に一体なにをさせるおつもりですか?挨拶ですか?祈りですか?」
「......《神降ろしの舞》という演目を演じていただきます。神に感謝を捧げその威光を知らしめんとする伝統的な舞です」
「過去のご令嬢達は平均どの程度の期間で習得しているのでしょうか」
「個人差がありますので一概には申し上げられません」
回答を濁されたことでライラの眉間のしわが深くなる。
「リリー様、過去に春の乙女を務めていらっしゃいましたよね」
神官達に目を向けたまま尋ね、リリアナは息をついて頷く。
「ええ。神降ろしの舞もやったわ」
「習得にどれほどかかりました?」
「二か月くらいかしら。朝夕の祈りや勉強を毎日並行してこなしていたから、まとまった練習時間がとれなくて」
「お言葉ですが乙女の技量によって講師が内容を変えますし」
リリアナの言葉の端を奪ってカナンがすかさず話に割り入る。
「大体10分前後で内容も激しいものではなく小道具を用いてアルゴンの神話を演じる劇です。ストーリー性がありますので覚えやすいかと思います」
「.....劇?すみませんが普通のダンスの方がよほど楽です」
ライラがにべもなく言って睨みつけるとカナンは言葉を発せずに黙り込み、横にいたサイラスがついにしびれを切らして援護を試みる。
「で、ですがマリアンナ様はあなたの他に春の乙女の適任はいないと仰っておりまして」
余計なことを。
ライラは額に手をあててため息をつく。
「公爵家だけでも数十家門ありますよね。その方々を差し置いてなにをもって私が適任だと仰ったのでしょうか」
「そ、それは......ライラ様はあの名門のアン・ブロシエールを歴代一位の成績で卒業された才媛だそうではありませんか。特にダンスは右に出る者がいないと大絶賛されておりました」
ここにきて思わぬ暴露をされたことでライラは呆けて口を噤む。
意外な話にアランは瞠目して、
「知らないなそんな話。これまで一度も聞かされていないが」
それはライラへの問いであったのだが、ライラが黙ったことをこれ幸いとサイラスは身を乗り出してペラペラと話し続けた。
「たしかな話ですよ。舞の講師が元アン・ブロシエールの教師で直に聞きましたから。春の乙女への選出のみならずアラン王子との婚約も至極当然のことだと言っていました。なにせライラ様だけが特別レッスンとプリンセス教育を受けていたそうで、春の乙女となって王家に嫁ぐために学んでいたと言っても過言ではないと」
王族全員の視線がライラに注がれ、ライラは袖の中にいるギルバードに腕をつつかれてはっと我に返る。
「やめてください!学園の教えは関係ありません。婚約も春の乙女も寝ている間に決まったことで、私は教えを活かしたことも今後活かす予定もありませんでした」
舞の講師のおしゃべり具合とサイラスの軽薄さに腹が立ったがそれより焦る気持ちが湧いてきていた。
学園の教育によって計画的に王家に近づきアランとの婚約に漕ぎ着けたなどと勘繰られてはたまらない。
「ダンスも卒業以来一度もやっておりません!マリアンナ様やその講師が私についてどんなことを仰ったかわかりませんが、他の人の言葉で勝手に期待をしないでください。私は春の乙女をやりたいなんて思っておりません」
膝の上で手を握って俯くとギルバードが心配するように腕に頬を寄せる気配がした。
その時一人の護衛が足早にテーブルの方へとやってきてダンテの横に身を屈めて何事かを告げた。ダンテは暫しの間ののちに「通せ」と言い、護衛は一礼して素早く立ち去る。
間もなく広間の扉が開かれ入室してきた人物を見てライラは動揺のあまり目を見開く。
そこには男性とその妻と見られる赤毛の婦人がおり、二人の間には赤毛の令嬢―――マリアンナがいて可憐な容貌を赤らめて立っていた。
最初のコメントを投稿しよう!