思わぬ暴露(3) 二人の令嬢

1/1
前へ
/83ページ
次へ

思わぬ暴露(3) 二人の令嬢

「ライラ、来なさい」 促され、ライラは席を離れて父の隣に立つ。 「会えて光栄だ、ブラッドリー侯爵。いや、英雄ギリアン殿」 ジェラルド=シャイレーン公爵の言葉を受け、ギリアンは一礼ののちに返答した。 「初めてお目に掛かります。シャイレーン公爵様」 「......想像よりだいぶ若いな」 「見た目だけで内実は既に隠遁者(いんとんしゃ)です」 過去のシェリルと父の関係から険悪であって然るべき間柄かと思いきや、意外にも打ち解けて挨拶を交わす両者にライラは戸惑い、ふと視線を感じて何気なく正面を見てどきりとする。 シェリルが少しの(まばた)きもせず、じいっとライラを凝視していた。 その顔は幽霊でも見たかのように青ざめており、ライラは自分の姿になにか不都合でもあるだろうかと内心焦るがなにをできるでもなく下を向いた。間もなく公爵との挨拶を終えたギリアンがシェリルにつと視線を移す。 「お久しぶりです。シャイレーン公爵夫人」 「......ええ、二十年ぶりね。変わってなくて驚いたわ」 シェリルは動揺する瞳のまま話し始めるがギリアンは素知らぬ顔をして言った。 「そろそろ年相応の貫禄が欲しいところです。貴女も変わらずお元気そうで嬉しく思います」 ライラはやや目を上げてシェリルと父の顔を盗み見る。 婚約破棄した仲なのよね...? ライラの中では母のリィンが父と恋仲になったことでシェリルが長年の婚約を破棄される憂き目にあったという認識だった。だが目の前で語らう二人の雰囲気はおよそそんな愛憎劇を経たとは思えないほど良好に見え、隣で二人の会話を聞くジェラルドの表情も穏やかだった。 マリアンナはどう思っているのだろう。 そう思って斜め前を見るとぱちっと視線がぶつかった。 「ね、ねえ、怪我は治ったの?」 62930753-4f09-4845-a5e7-195df4a40b35 マリアンナがどこかおどおどとした調子で声を掛けてくるのでライラは逡巡(しゅんじゅん)してから頷いた。 「はい。完全に回復しました」 「.........そう」 ほろ、とマリアンナの双眸から大粒の涙がこぼれてライラは思わずぎょっとする。 「ライラったら、リリーお姉様を守って大怪我だなんて、チャリティ前に会った時は元気だったのに、もし死んでしまったらと思ったら、私すごく心配で......」 愛らしい顔を歪めしゃくりあげてうずくまり、シェリルは慌ててマリアンナの肩に手を置いて宥めに入った。 心にも無い言葉と涙をこんなにも平然と見せつけてくるなんて。 ライラはリリアナが涙した時とは違い、少しも動かずただ驚嘆してその場に棒立ちしていた。 「―――我が娘の辞退により貴殿の娘御に多大な負担を掛けることをどうか許してほしい」 王族と大神官への正式な挨拶と着席を済ませたのち、ジェラルドはギリアンにそう告げて頭を下げた。シェリルも合わせて頭を下げ、マリアンナは泣き止みはしたものの赤くなった目元を擦りながらもじもじとして座っていた。 「娘は心身疲弊しており領地で静養中だが、ライラ嬢に直接会って謝罪をしたいと言うため連れてきた。だが......場を騒がせてしまい申し訳なかった」 ジェラルドの視線を受けてマリアンナは涙声でかぼそく呟く。 「ライラ、負担をかけてしまってごめんなさい。お役目を代わってくれてありがとう。本当に助かったわ」 どうしよう。 ライラは瞳を揺らして言葉を探す。 先程「今日限りで辞退する」と大神官に向かって啖呵(たんか)を切った。その後マリアンナの嘘っぱちの涙を見て、もしや()()()()()()()()()()で推薦したのではないかとの考えに行き着いてしまい、どうにかして断りたいという思いはより一層強くなっていた。 この場に来たのがマリアンナだけなら良かったのに。 もしそうならカナンに対してしたように、心のまま詰問を続けられていたかもしれなかった。 しかしシャイレーン公爵()()が来訪したことで、怒りに燃え盛っていたライラの心境は急激に鎮火し冷め始めていた。 なぜかって? だって、シャイレーン公爵は私がマリアンナの代理を務めるものだと思ってお父様に―――ブラッドリー侯爵にわざわざ謝罪を行い、頭まで下げていらっしゃるのだから。 ここでもし私が「やりません」と逃げる一言を放ってしまえば、公爵家の礼を無に()し、侯爵家の家門にも泥を塗ってしまう。 父の不名誉になる行いだけは絶対に避けなくてはならない。それだけを思い、ライラは角が立たない言葉を探し続ける。 「正直に申しますと急なお話に驚いております。私は不勉強ですのでこのような重要な役目を全うする自信がなく.....」 ようやく発した声は怒り散らかしていた時とは打って変わって大人しいものだった。アランは急に元気をなくしたライラを訝しみ、リリアナはライラの表情から考えを察してやりきれない想いを抱く。 カナンは疲れ果てた顔を揉んで懇願する。 「ライラ様、評判を聞けばあなたが適任なのですから。覚悟を決めてお進みください」 ライラは煩悶(はんもん)して目を閉じる。 退路がないという現実とマリアンナにしてやられたという無念さとが痛みとなって胸を襲う。 その時、 「絶対あなたじゃなきゃ駄目よ!他の人にはできっこないんだから!!」 マリアンナが赤毛をぱっと揺らして半ば立ち上がって声を上げ、慌てて着席した。 「ご、ごめんなさい。でもアン・ブロシエールにはライラほど品があってなんでもできる令嬢はいなかったわ。どれほど複雑で面倒な作法でもすぐ覚えて完璧にこなして見せて、春の乙女にもプリンセスにも絶対なれるっていっつも先生達から褒められてたじゃない。そうでしょう?」 熱くマリアンナは語るがライラは抑揚なく、 「表情の機微の授業は常に落第でした。マリアンナ様もよくご存じですよね」 表情の機微とは別に、教師が見込みで高評価をつけた項目も多くあったということをマリアンナが知らないはずはないのだ。 (つぼみ)が開く前に折られた花。 描き途中で絵の具も乾かない内に床に落とされた絵画。 壊されたケージと散らばる―――。 この瞬間、記憶に真っ黒いモヤがかかり頭が痛んで吐き気がした。考えるのをやめて息を吐く。 「準備期間も短い中、私のように愛想に欠ける人間をあえて推薦された意図がわかりません。運良く明月祭を乗り切ったとしても外交を務めるには不適格です」 反論のためとはいえこの面々を前に自分の不得手を(さら)け出すのはいたたまれない心地がした。 しかしマリアンナは(まなじり)を下げて可憐に笑む。 「なに言ってるのよ!あなたは自分に厳しすぎるの。私達からしたらあなたはいつも完璧だったんだから。ほら、学園に()()()()()()()()()()()()()()()()()()だって全員から大絶賛されていたじゃない。ねっ?だから外交も大丈夫、もっと自分に自信を持って!」 「...............王子?」 素で困惑する。 そんな記憶かけらもなかった。
/83ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加