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思わぬ暴露(5) エディとお呼びください
「いいのか」
父の声掛けに応えて頷く。
「はい。家門の恥にならないよう務めます」
ギリアンはライラを見つめ、無表情ながらも膝の上の手が強く握り込められているのを見て嘆息する。
明らかに無理をしている。
「ライラ、無理を――」
「大丈夫です。今までだってできたのですから」
きっぱりと言うと大神官の席からは安堵の吐息が上がり、マリアンナは瞳を輝かせて手をぱちんと打った。
「よかった!あなたなら絶対大丈夫よ!明月祭を楽しみにしているわね」
「マリアンナ。お前は明日以降領地で静養だ。明月祭にも行かせん」
ジェラルドが鋭く低く言い放ち、マリアンナはぱっと手を降ろして俯く。
「はい。申し訳ありません」
「スケジュールですが」
ここで声を発したのはオルフェウスだった。
「私が調整を行います。ライラ様、のちほどお時間をいただけますか」
「はい。よろしくお願いします」
「ライラ嬢、恩に着る」
ジェラルドはライラを見、ぐっと頭を下げた。
公爵家でマリアンナのお父様ではあるけれど意外と優しい方なのかもしれないとライラは頭の片隅で思った。
「侯爵殿、ご面倒を掛ける詫びとしてなにかお贈りしたく思う」
ジェラルドの申し出にギリアンは暫し考えたのちに首を横に振って言った。
「お気持ちだけいただきます」
「それでは我が家門として気が済まない」
「......ライラ、なにか希望は」
「そうですね......」
ぼんやりと考えるが欲しいものは特になく、なにを貰うのが妥当なのかもわからなかった。そこで唯一思いついた願いを口にした。
「シャイレーン公爵領には動植物園があると伺っております。そこを一日だけ貸切訪問させていただくというのは可能でしょうか」
ジェラルドは驚いた顔をしつつ首肯した。
「もちろん。訪問する日が決まったら教えてほしい」
「ありがとうございます」
リリアナは最早無表情を通り越して仏頂面になっているライラを見つめ、気になって少し神力を使う。
"貸切にして隅から隅まで護衛を配置すれば、リリー様もご一緒できるのではないかしら。"
つい読んでしまった感情に心がぐさりと貫かれて椅子の上で軽くよろめく。
私と一緒に行くための願いだなんて。
健気すぎる。
「―――では、ライラ様。来年の春まで役目の全うをお願いいたします。明月祭は他国からも人が集まる祭典です。当日は神降ろしの舞に続いて王家からの贈答品授与式を行います。また前夜祭と後夜祭でそれぞれパーティと舞踏会も予定しておりますのでその際は来賓の方へのご挨拶などをお願いいたします」
カナンの言葉に続いて大神官四人が揃って頭を下げ、ライラは双眸を伏せて言った。
「全力を尽くします」
その後一同は解散し、王族のみが残った広間でリリアナは顔を覆って嘆いていた。
「いくらなんでもライラが可哀想すぎるわ。目覚めてすぐにこんな仕打ちは酷すぎる。マリアンナなんて見た感じすごく元気じゃない。妹ながら腹が立つ」
「スケジュールが出来次第共有してもらう」
アランは金の瞳に苛立ちを露わにする。
「過労死しそうな内容であれば《原則不可侵》の例外として口出しする。まあオルフェウスであれば無茶な組み方にならないように事前回避してくるだろうが」
リリアナは悲嘆の吐息をつく。
「あの子も言っていたけれど、この短期間でどうにかできるほど簡単な役目ではないわ。いくら学園での成績がよくたって......」
「........あ。デオン、イーリアスの第二王子は知り合いか」
アランの問いにデオンはついていた肘を降ろし、眉根を寄せて頷いた。
「ああ。端的に言えば"女性好き"だ。リリーがイーリアス外交をした時も執拗に狙われて大変だった」
「デオン大袈裟よ!アラン安心して頂戴」
リリアナは大きくため息をつく。
「ハキムは優しくて気遣いのできるいい人よ。外交の気晴らしになればと夜景の綺麗な場所に連れて行ってくれたり、夜の温室を見せてくれたり、星が見える丘にも連れて行ってくれて」
「安心できるか!なんで全部夜なんだ」
それも妙に雰囲気のある場所。
想像して身震いする。
「年頃の令嬢を連れ回すには時間も場所もおかしいだろう」
「なにもなかったわよ?」
「やっぱりおかしいよな。アラン、あの男の動向には気をつけた方がいい。イーリアスは伝統衣装もアレだからライラ嬢が着るなら目を離すな」
「気をつける。伝統衣装は着させない」
「アラン」
ダンテが口を開き、三人は会話をやめて視線を向ける。
「ハキム王子はお前と同じ第二王子ではあるが王太子の息子だ」
「......わかってますよ。お会いした際は失礼のないよう心がけます」
ハキムは現王太子が王になれば位が上がり王太子になる。一方のアランはデオンとリリアナの間に王子が生まれればその時点で継承権が下がり第三位になる。
「ですが人の婚約者に手を出すとなればそれ相応の対応はとらせてもらいます。たとえ未来の王であろうと黙認するほど腑抜けてませんので」
「懸念は他にもある」
「...というと?」
「あの娘自身が攻撃の手段を持っている」
アランは王の懸念を汲んで苦笑した。たしかに不快な接触があった場合には自分が憤るよりも先に彼女が反撃してしまうかもしれなかった。
「弓を出す機会がないように善処します」
答えつつ、そう言えばライラはいつまで離宮に滞在するのだろうかと気になった。領地に帰られると気軽に会えなくなってしまうため、せめて春の乙女に在任の間は離宮暮らしをしていてほしい。
スケジュールの確認も兼ねて今夜離宮を訪ねてみようと思い、それまでに仕事を片付けるべく席から立ち上がった。
***********
「少し散歩をしようと思います」
「...........私は稽古場にいる。なにかあれば使いを寄越しなさい」
「はい」
心配気な父と別れ、ライラは王城を出て中央庭園にあるベンチに一人座っていた。
時折目の前を日傘をさした令嬢達が通り過ぎて行くのを眺めながらぼんやりと瞬きをする。
『ライラ』
ギルバードは袖の中から遠慮がちに声を掛ける。
『本当にやるの?』
「......ええ」
答える声はかすれていた。
「やれるだけやるわ」
『最初あんなに怒ってたのに?』
「辞退できないのにゴネ続けてたらそれこそ家門の恥になりかねないでしょ」
家門の恥。
そうかと袖の中で納得する。
ライラは家のためにやると決めたんだ。
スン、と鼻をすする気配にギルバードは袖から出て変化をしようとして、しかし令嬢達の楽し気な笑い声が近づいてきて踏み留まり様子を伺う。
その時、
「お嬢さん。こちらをどうぞ」
すぐ近くから涼やかな声が聞こえてきてギルバードは驚いた。いつもであれば嗅覚で察知できるのに、この瞬間なんのにおいも感じていなかった。
「どちら様でしょう」
「失礼。ティターニアから来ている者です。貴女は私と同郷の方かなと思いましてつい」
ギルバードは声の主を確認しようと袖口から顔だけ出し、ライラの上向けた手のひらに赤いキャンディが乗せられていることに気がつく。
「急に話し掛けてお菓子を渡すなんて怪しい男にしか見えないでしょうが、一応王家の血をひいて.......いや余計怪しいな」
声のする方を見るとライラの右隣に白金色の髪をした青年が座っていた。
会話は続く。
「なぜ私に飴を?」
「元気がなさそうだったので」
「お名前と家門をいただけますか」
「エディとお呼びください。家門は今は秘密です。いずれ正式にお目に掛かる機会があるかと。貴女のお名前は?家門は結構です」
「......ライラと申します」
「ああ、やっぱりティターニア風の名前だ。ライラ、気晴らしに私と少し話しませんか」
「なにを話せばいいのか」
「なんでも。天気の話でも今日の運勢でも、世間の気になる噂でも。まあ、ちょうど今庭園にいることですし―――」
男は爽やかに笑って、ポケットからキャンディをひとつ取り出し包みを開いて食べる。
「珍しい植物や花の話に興味はおありですか?」
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