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騒動の夜
「例のイーリアス製の機械人形ですが、内部を確認したところブラニスの欠片と神力の残滓がありました」
王城の一室、以前ライラとギルバードが参加した三者協議の会場にもなった広間で大神官サイモンが発言する。
そこにはリリアナを除く王族と大神官とが集まっており、それぞれ異なる面持ちをして席に座っていた。
「アラン様、機械人形と会話はされましたか」
「いや。俺はしていないが―――」
時刻は深夜でしかも夏。
しかしアランはお忍びでの外出予定でもあるかのようにフード付きの上着を羽織っていた。
「ライラには『墓を壊したのはお前か』と言葉をかけてきたそうだ。それに彼女は機械人形を"あの男"と表現していた。"人形"だとは認識していないように見えた」
一同沈黙する。
イーリアス製の機械仕掛けの人形はネジを巻くと歯車が動いて体が動く仕組みになっていた。しかし手足や口がガチャガチャと動くだけの玩具に過ぎず、自由に動いたり言葉を話すといった機能はなかった。
その事実を念頭に、うーむとサイモンは唸り目を瞑る。
「もし機械人形が自らの意思をもって話していたということであれば、何者かがブラニスと神力とを用いて命なき機械人形に魂を込め動かしていたということになるのではと私は考えますが......」
「まさか。そんなことできるはずがない」
そう言ったのはカナンだった。
「モノに命を吹き込むなどそれはもはや神の所業。一介のカルト集団にできるとは思えません。令嬢が深手により幻聴を聞いたと考える方が余程......いや、それも可能性の話ではありますが」
アランの目が不快と言わんばかりに細められたことに気づき、カナンは急いで取りなした。
続いてオルフェウスが考え込みながら、
「私はサイモン卿の言うように、ブラニスと神力で人形に魂を定着させたと考えるのが自然かと思います。ただ、定着させている魂が死者のものか生者のものか、そもそもどのスキルの神力でそれを実現できるのかと言ったところは全くの謎です。ちなみに今日は王宮内でまずブラニスの気配を感じています。その後一度消え、次に花時計の方に気配が移っています」
「王宮にいたというのが......。恐ろしいことです」
サイモンはおののきつつ、
「机上で議論をするより、シュレーターの儀式の場所を特定して全員捕らえる方が早く確実ではありませんか。囮を用意して潜入させるという手もあるかと思います」
それを聞いてアランはため息をつく。
「だから、それができれば苦労はしない。遭遇する確立が極めて低いのと、シュレーターと遭遇した殆どの者が落命しているのが実情だ」
シュレーター関連の事件が発生して暫く経つが、コルトナ兄弟を捕らえたこと以外進展のない状況だった。儀式場所や信者の正確な人数、そもそも教祖がいるのかいないのかなにひとつとしてわからない。
本当にいるのか疑いたくすらなる、まるで雲のような集団だった。
「と、なりますと―――」
ここでサイラスが口を挟む。
「2度遭遇して2度とも生還しているかのご令嬢は神に愛されておりますな。強運としか言いようがありません」
その言葉にカナンがぽんと膝を打つ。
「もしやかの令嬢は対シュレーターとしての神命を持って遣わされた存在なのでは。使い魔が特殊というのもそれなら合点がいく」
「......お前、なにが言いたい」
アランの目に怒りが宿る。
「彼女を巻き込むつもりか?囮として」
既に大怪我を負っているにも関わらず。
これにはオルフェウスにも思うところがあったようで抗議の眼差しを向けた。
「カナン卿、それはなりません。神がたった一人の女性にそのような責を負わせることなどあり得ない」
しかしカナンは腕を組み、オルフェウスを薄く睨みつけた。
「歴史を大きく動かすのは常に女性だぞ。神話上初めて神と使い魔と交流したと語られるのもそう。現世に生まれ落ちる予言者も常に乙女だ。ライラ嬢の母君だって―――」
「ならん!」
ここでダンテが低く一喝した。
カナンは驚いて言葉を切り、部屋はシンと静まり返る。
ダンテは全員を鋭い眼光で見渡して告げた。
「どんなに強くとも、たとえ戦士スキル持ちであろうとも。あの娘はアルゴンの戦士ではない。これ以上シュレーターやキメラの事案に関わらせることはあってはならん」
「...御意」
王の言葉が効いたようでカナンはあっさり引き下がった。ダンテに続いてデオンが、珍しく声音に苛立ちを滲ませて言った。
「今回の件は王太子妃狙いで実行されたように思う。かの令嬢は偶然近くにいて巻き込まれたというだけだ。神命などであるはずがない」
「あっ......と、すみません重要なご報告が」
オルフェウスがふいに手を上げた。
「召喚石の調査結果をご報告したく。あれは《鍵》を外さないことにはただのゴブレットです。そのため不審物チェックの目を搔い潜ってチャリティーの物品に紛れてしまったのだと思われますが、復元していくつか試した結果、王太子妃様の使い魔の名前を言うことで召喚石となる仕組みになっておりました」
「......そうか。やはりリリー狙いか」
デオンは怒気を孕んだ吐息をつき、オルフェウスはデオンの顔色を伺いつつ言葉を続ける。
「またゴブレットの表面や刻印には摩耗や変色の跡は見られず、最近作られたものに見えました。ですからチャリティの前に他国から"ただのゴブレット"として輸入された可能性が高いのではと考えます」
む、と誰ともなく唸る。
国内にある召喚石は人海戦術によって洗い出しと特定を行っており、破壊と押収を完了していた。輸入も一時停止しているため国内にあることがおかしい状況だった。
デオンはひとつ深いため息をつく。
「それらの調査や襲撃犯の逮捕などは鋭意進めていくとして......今は王太子妃とライラ嬢の一日も早い目覚めを願おう。ライラ嬢には直接礼を伝えなければ」
そう言ってデオンはちらと弟を見る。
今回の事件について、アランも自分と同様かそれ以上に堪えているに違いない。
そう勘繰り心配をする兄をよそに、アランは大神官らを牽制する目で見ながらもいつもと変わらぬ飄々とした態度で座っていた。
会議が終わった後、アランはイライラとした足取りで東の離宮へと向かっていた。
オルフェウスはともかくとして、大神官のライラを軽んじる発言は目に余るものがある。特にカナンについては手の届く範囲に座っていれば殴っていたかもしれなかった。
離宮に到着し灯りをつけ、外套を脱いでベッドに置く。
「どう思った」
『あいつは蛇に手がないことを喜ぶべきだ。あれば絶対殴ってた』
ギルバードは外套のポケットからするすると這い出てベッドの上でとぐろを巻いた。会議をこっそり聞いていた彼が自分と同じことを考えていたと知りアランは思わず苦笑する。
ギルバードはライラの専属メイドのアンナと連れだって夕方頃王宮までやってきていた。アンナはギリアンとともに診療所でライラの付き添いをしており、今この離宮にはアランとギルバードのふたりしかいなかった。
「俺もそれには同意だ。会議の内容についてはどう思った」
『死者の復活なんて無理だって思ってたけど意外とイケちゃうのかって思ったのと』
体調が奮わない様子ではありつつギルバードはしっかりとした口調で、恐ろしいことを口にする。
『早く犯人捕まえなきゃ。このままだと国が滅ぶよ』
「......たしかに王都はダメージを受けたが」
国が滅ぶというのは大袈裟では。
そんなアランの顔を見、ギルバードはベッドから降りて言った。
『蛇の叡智に賭けてもいいよ、事態はぼちぼち深刻だ。インクと紙ちょうだい。あとボクをそのテーブルに載せてくれると助かるんだけど』
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