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メガロス騒動(1)
「おっ!これはなかなか.....」
地面に平置きされた木箱をガチャガチャと漁り、ルーベウスは正六面体の金属を取り出してゼクソニアンとギルバードに向かって突き出した。
「一定時間敵を惹きつける装置。どうよ?」
「まとめ斬りに有用だな」
答えつつゼクソニアンは別の木箱から小さな袋を持ち上げる。
「私はこの品にする」
「えっ?早いなもう決めて.........って去年もそれだったじゃんかよ」
「消耗品だ。幾つあっても困らない」
『これなあに?』
ギルバードが袋を指でちょんと触るとゼクソニアンは袋の紐を解いて金のクリップを一つ取り出して見せてきた。背負っている太刀を抜き、ギルバードに握らせてからクリップを鍔に噛ませて固定する。
『わっ!軽っ!』
握る太刀が羽のように軽くなり、ギルバードは赤い目を丸くして叫んだ。
『すごい!!どうなってるのこれ』
「重さを軽減する神力が籠められている。外すぞ」
『うん...!』
クリップが外された途端に腕にズンと重い負荷が掛かり、その余韻を味わいながら太刀を返す。
『便利だなあ』
「ああ、武器運搬の助けになる。強い衝撃で壊れるため実戦には不向きだが使えないこともない」
そう言えばナインはよく武器を運んでるっけ。
ギルバードの脳裡にはナインハルトが何種類もの武器を運んでは床に広げて吟味する姿が浮かんでいた。
「ギル」
クリップを買うゼクソニアンを尻目にルーベウスが木箱漁りを止めてやってきて、ギルバードの腕をぽすんと叩いた。
「俺はまだここで探すけど、お前は周りの店を覗いてこいよ。買っても買わなくても楽しめるぞ」
『う、うんー.....』
人が行き交う通路の左右には雑多な露店が窮屈にひしめき溢れ賑わっている。テントとテーブルを設営している店もあれば地べたに敷いた布に物品を並べただけの店もある。商人の風貌も様々で、長い布を体に巻きつけた男や砂よけゴーグルをつけた老人、カラフルな羽織りを重ね着した娘達が至る所で商品を売り客引きに励んでおり、見渡す最中うっかり何人かの娘と目が合ってしまって微笑まれ、どきりとして目を逸らした。
一人で歩くには勇気がいる。
そう思っていると買い物を終えたゼクソニアンがやってきてルーベウスに声を掛けた。
「案内してくる。今日【グラナ】に行くか」
「あ、この後行きたい」
「其処で落ち合おう。行こう、ギル」
ギルバードは安堵して頷き、狭い通路をゼクソニアンの後ろについて歩き出した。時折吹く黄砂の風に烟る視界には、武器や鉄、ブリキの部品が雑に並べられた露店が映る。
「この店は刃のみを扱っている。奥は破損武器専門店で隣は鋳型や溶接加工の―――」
解説の合間にきょろきょろとせわしなく店を眺め、途中色褪せた看板を見つけてつい足を止める。
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アナタの夢を現実に!
買い物の楽園メガロスにようこそ!!
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この日、ギルバードはルーベウスとゼクソニアンに連れられてメガロス市場にやってきていた。二人の目的はナインハルトの誕生日プレゼントを物色することと、ギルバードに国内最大市場を見せることだった。
「買いたい品はあるか」
『壊れてない弓を売ってる店ってあるのかな』
「ある。型やブランドに拘りは?」
『特にないかな』
「では此方に」
ゼクソニアンの背を追って細い通路を擦り抜ける。十字路では横から来る通行人に阻まれて何度か足を止める羽目になったが、雑踏にあっても頭一つ分かそれ以上出ている長身は見失いようがなく有り難かった。
ゼクソニアンはある店の前で立ち止まり、人の波に押されてよろめくギルバードの腕を引いてテント下へと退避させた。
『人多いよお.....』
「醍醐味だ。この店は店主が厳選した弓を売っている。いずれも型落ち品だが安価で買える」
『待って、靴に砂が』
ゼクソニアンの腕に掴まり立ちして靴に入った砂を出し、やっと落ち着いて店を見る。
広がる光景に、わあ、と息を飲む。
四つの横長テントの下、並ぶ木製ラックには手入れされて光る弓が大弓から小弓まで整然と掛けられていた。足元には長短の矢が詰まった竹籠がどかどかと置かれ、ギルバードは泣き言も疲労も忘れてラックに張りつき食い入る顔で弓を眺めた。
「いらっしゃい」
テントの隅で椅子に座っていた老人がよぼよぼとやってきて、しゃがれる声を掛けてくる。
「うちは良い弓しか置きませんのでな」
『うん、どれもすごく格好いい。持ってみてもいい?』
「もちろん。弦も弾いてもらって結構.....あいてて......」
体を曲げて唸り、ゼクソニアンはそれまで老人が座っていた椅子を運んできて掛けさせた。ギルバードが弓を選ぶ様子を見つつ、二人は小声で会話する。
「また腰をやったな」
「歳には抗えませんわい。あの御仁はご友人で?」
「ああ。王宮一の弓の名手だ」
「なんと。そうですか、そうですか」
老人は白い眉尻を下げ、弓を選ぶギルバードをどこか懐かしむ顔で見つめてほっほと笑った。
ギルバードはテントを右と左に行きつ戻りつして、弓の重さや弓幹の手馴染みを確かめてまわっていた。
太身にするか細身にするか。
丈夫さを考えると前者、使い慣れているのは後者。
悩みに悩み三往復してようやく一つの弓を選び取り、老人とゼクソニアンがいる場所へと戻ってきた。
『これにする』
それは飴色をした細い弓幹を持つ大弓で、見た目に反してどっしりとした重さがあった。
老人は皺くちゃの手で膝を叩く。
「ああやっと!やっと買い手が見つかった。それはもうどの店を探しても手に入りますまいて」
「何故その弓に」
ゼクソニアンの問いにギルバードは弓幹を指で撫でて、
『持った感覚がいつもの弓に似てるんだ』
そう言って青く輝く神力の弓を形成して並べて見せた。
両者は大きさもフォルムも良く似ており、ゼクソニアンは納得顔で首肯し、老人は椅子を立ち目を見開いて神力の弓を凝視した。
ギルバードは商品の弓を差し出して言った。
『この弓、どれくらい売れてなかったの?』
ああ、と老人は我に返り、弓を受け取ってレジ台に置く。
「かれこれ十年此処におりましたな」
『じゅっ.....』
多くの人が毎日来ている市場にあって十年売れないというのはこれ如何に。
もしや曰くつきかと思う気持ちが顔に出ていたのか、老人は手をひらひらとやって竹籠から矢束を取り出し弓と一纏めにして革の袋に梱包し始めた。
「この弓は金属部分すべて合金で、しかも鍛造されておりましてな。弓幹は細くとも他の弓より遥かに頑強。.........ただ、形が当時の流行にそぐわなかったのと作る工程に手間が掛かって量産できないという理由ですぐ製造中止となってしまった」
老人は節くれた手を器用に動かしつつ語る。
「経緯を知らない俄は"近年稀に見る粗悪品"だの"枝より簡単に折れる"だの誹謗したがとんでもない。金属を何度も叩いて磨き鍛え上げた至高の逸品よ。これの真価がわからぬ者は流行りの弓を取っ替え引っ替えしたがるロクデナシの小童ばかり」
『そ、そっか、いい弓なんだね。大事に使うよ。全部でいくらになる?』
終わりの見えなさそうな話に割って入ると、老人は流れ出ていた言葉を切って弓についた値札を外した。
「矢と手入れ用品も込みで250エールにしましょう」
『......安くない?』
値札には300と書かれていた。老人は眦を下げるのみで答えず、弓矢を包んだ革袋を優しくぽんぽんとやってギルバードに手渡した。
ギルバードは外套の内ポケットからポーチを出し、札を三枚数えて差し出す。それはライラとギリアンがそれぞれ持たせてくれたお小遣いで、使い切って構わないと言われて渡されていた。
お釣りは硬貨で貰って、落とさないようポーチに納める。
初めての買い物だけどきちんとできた。
ギルバードは嬉しくなり、ゼクソニアンを見てニッと笑った。
「他に見たい品はあるか」
老人に見送られて店を出た後、ゼクソニアンはほくほく顔のギルバードを振り返って尋ねた。
『うーん、今はないや。ルーベウスはどこだろう?まださっきのお店にいるのかな』
「いや、行きつけの店にいると思う」
ゼクソニアンは懐中時計を取り出して眺めたのちに、市場の北へと歩き出した。
奥に進めば進む程に雑多な露店は数を減らし、石とレンガ造りの建物が左右に軒を連ね始める。
踏みしめる地面も砂地ではなくレンガに変わり、同じ市場内でも別の場所のようだと思いながら進んで行くと、
「この店だ」
ゼクソニアンが中に入るよう促した店は扉に【グラナ】と書かれたブリキの看板が掛かっていた。
「らっしゃーい」
店主の間延びした声に迎えられて入店すると、中央に置かれた大テーブルが目に留まった。テーブル上には金属部品の詰まった小箱が幾つも並んでおり、その前には白い髪の青年―――ルーベウスがいて小難しい顔で部品を手に取り眺めていた。店の奥には店主と見られる男とフードつきの外套を着た客とがおり、カタログ本を広げてなにやら話し込んでいた。
『ルーベウス、おまたせ』
「うおっ!おお?さては弓を買ったな」
脇腹を小突かれ、ギルバードはへへと頷く。
『ナインが普通の弓も使うべきだって言うから』
「言われてたな。どんなの買ったんだ?」
『今は秘密。明日稽古場に持ってくよ。それよりここは?』
ぐるりと店内を見ると、店の壁に取りつけられた棚には鉄やブリキの人形が座っていた。レジ横には人間型の機械人形がいて、首に"お買い得品!"と書かれたプレートを提げ、上げた両手にはネジや歯車や銅板の入った箱を持って立っていた。
「機械人形専門のパーツ店だ」
ルーベウスは手に持つ小さな買い物かごの中身を見せる。そこには金メッキが施された薄く小さな歯車が入れられており、歯車同士重なり合ってシャラシャラと小気味良い音を立てた。
「趣味で機械仕掛けの玩具や時計の組み立てをやってるんだ。今日は歯車を補充しに来た」
『.......へえ』
「なんだよその顔」
『大人の趣味だなって』
いつもミカエルと子供っぽいじゃれ合いをしているため、落ち着きや繊細な手技を要する趣味があるのは意外だった。
「お前あれだな。普段子供っぽいのにとか思ってるな」
『うん。よくわかったね』
素で驚くギルバードにルーベウスはずっこける動作をして、ゼクソニアンはギルバードにかかればルーベウスは形無しだと笑いを堪えて肩をとんとんとやって慰めた。
その時、
『あれっ?』
店の奥で声が上がり、それまで店主と話をしていた人物が三人の方へと寄ってきた。歩きながらフードを降ろすその顔を見て、ルーベウスとゼクソニアンは瞠目する。
束ねた黒髪を揺らし、青年は朗らかに挨拶をした。
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