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メガロス騒動(3)
『アラン、昔は真面目だったんだ』
ギルバードは呆け顔で呟きを漏らす。
アランといえば王宮を抜け出してセーブルに王都中探されていたり、朝から離宮に来てのんびり書類を読んでいたり、人目を憚らない行動でライラを怒らせしょうもない痴話喧嘩を繰り広げたりと、王族でありながらも自由気ままに生きる人物としてギルバードの目には映っていた。
もちろん正義感の強さや身分を鼻にかけない気さくさ、剣の腕は見知っており信頼は置いていた。しかしかつて学び舎で首席の座を勝ち得た程の努力人だったなんて今の彼からは想像もできず、そういった功績話こそライラに話せば株も上がるだろうに何故言わないのかと残念に思った。
もったいない、と吐息をつく。
すると、
「昔ってか、アラン王子はずっと真面目だぞ」
怪訝な顔をしつつ、ルーベウスは指折り数えて言った。
「メインの国防業務とは別に、危険生物調査、キメラ討伐、神殿との折衝。それに今年は外交準備も。夜中は神力制御のトレーニングで森にいらっしゃるとかで、そのうち倒れるんじゃないかって隊長はいつも心配してる」
これまた意外な話にギルバードはぽかんとする。
『そんな忙しそうには―――』
全然見えないと言い掛けて、あることに思い至って押し黙った。
自分が危険生物だと疑われていた期間、彼は神殿と王家に掛け合って断罪を免れるよう尽力してくれていた。あの一件も仕事と並行していたとして、ネチっこい大神官らとの対話はそれ一つ取っても面倒に感じられたに違いない。でも彼は自分やライラに対して文句も苦労話も何もせず、会えばいつも飄々と快活に笑っていた。
もしかして、苦労を周りに見せたがらない人だったりする?
『......ルーベウス、神力制御のトレーニングって?』
「神力の反動を回避する剣技の習得。アラン王子の神力は剣圧による衝撃波なんだけど、斬る力が強いと反動で剣も腕も折れるんだ」
最早返す言葉もなく、ギルバードは以前稽古場で見たアランの剣技を回想していた。人間離れした身体能力を見せてはいたが、神力の詳細や反動については言及していなかったように思う。
「アラン王子は神力を得てから本気で敵を斬れなくなったんだ。反動がなくならない限りはこれまで努力して磨いてきた剣技は発揮できない」
神は酷だとルーベウスは悔しむ眼差しをテーブルに落とし、ギルバードはアランがかなり疲労やストレスを蓄積しているのではないかと不安になった。併せて、この問題は単に彼が神力を制御できていないという話ではなく、トレーニングで反動がなくなるというわけでもないということも直感的に感じ取っていた。
ライラが神力の矢を使うと眠くなる。
対する自分は何回使っても眠くならない。
自分とデルタリーゼが似通った使い魔だという事実を踏まえればデルタリーゼの力も本来人間が使うには強すぎる力―――彼女自身が戦いにおいて使用すべき力である可能性は充分に考えられる。そしてそれを裏付けるかのようにアランは神力の行使によって身体に影響を受けている。
数年に渡り力を使っていればアランも自身の神力が反動なしには扱えない類のものだとさすがに悟らざるを得ないだろうし、それでも使っているのであればデルタリーゼ本人に神力を使わせられない事情があってそうしているのかもしれなかった。
真意は不明だが、少なくとも神力制御のトレーニングは反動をなくしたり回避したりする目的ではなく、多少の反動は受ける前提で剣や腕を折らずに済む紙一重の剣技を再習得するために行っているのだろうとギルバードは推察した。
『二人はアランの使い魔を見たことある?』
「雌のライオンとは聞いてるけど.....」
ルーベウスはゼクソニアンと目を合わせ、首を左右に振って答えた。
「ない。多分一度も帯同してないと思う」
「私もない。使い魔デルタリーゼは常に離宮にいると聞く」
『........ライオンなら強そうなのに、戦闘に使わないんだね』
頷く二人にギルバードは使い魔心に複雑な心境に陥ってしまい、椅子の背にだらりと身を預けた。
デルタリーゼは自分みたいにちっぽけで弱い動物じゃない。神力を使わせなくても強い爪と牙で戦えるのに、どうして活用しないんだろう。
主人の役に立つことこそ、使い魔の使命で幸福なのに。
物思いに耽るギルバードを見つつ、ルーベウスはホットサンドの最後の一口を放り込んだ。咀嚼して飲み込み、腹をさする。
「まあ、実のところ使い魔の能力によってそれまで学んできた技を変えなきゃいけない戦士は少なくないんだ。その最たる例がアラン王子って感じで」
ちらと隣を見るが、ゼクソニアンはなにも言わずに茶を飲んでいた。
「ふう、完食」
ルーベウスは空いた三皿を重ねて押しやり再びメニューを取り出して開く。適当にページを捲りながら、
「ギル、隊長の誕生日プレゼント、ライラ様と考えるって言ってたけど案はあるのか?俺は結局あの四角い道具にした」
『んー』
上がったのは気の抜けた生返事。
ギルバードは答えた後でナインハルトにもルーベウスにも失礼だったと我に返り、デルタリーゼに馳せていた思考を一時外して会話に戻る。
『候補はいくつか調べてあるんだ。せっかくだし材料を集めてライラと手作りしてみようかなって思ってる』
「うわー!絶対喜ぶだろ」
手作りと聞いてルーベウスは嬉嬉として笑う。それから少し間をおいて、
「ライラ様と隊長って仲いいよな」
『うん』
「............結構、仲いいよな?」
『?うん。普通に仲良しだよ』
なぜ急に声を潜めるのだろう。
不思議に思って見返すが答えはすぐに明らかになる。
「だよな..............ここだけの話、俺彼女が隊長じゃなくてアラン王子と婚約したことにものすごく驚いてるんだ。夏頃に隊長と王都でデートしてたって聞いて、二人は恋仲なんだと勝手に思い込んでてさ」
普段ざっくばらんな彼には珍しく、慎重に言葉を選んでいる。
「パーティでも一緒にいたって聞いたし、隊長はライラ様に『自分の心を射て欲しい』って皆の前で言ったらしいし。それにアラン王子の方はシャイレーン公爵家の令嬢と婚約間近って噂されてたじゃんか。なのに、なんでかなって」
『あー、なるほどね』
うんうんとギルバードは首肯する。つまり二組のカップルの内、片側の青年と片側の娘が謎にくっついたと思われているようだと理解した。
『パーティでのやりとりはただのパフォーマンスだよ。知られてないけどアランは春の時点でライラにプロポーズしてたんだ。マリアンナとの婚約話は全部デマで、アランはライラにしか求婚してないって言ってた』
「.........じゃあだいぶ前に婚約内定していた仲で、あえて非公開にしてたってことか」
『ううん。婚約話が出たのはチャリティの後』
ん?とルーベウスは眉を顰める。
目の前の二人が困惑している雰囲気が伝わり、ギルバードはわかりづらかったかと改めて言葉を探す。
『チャリティの後、ライラが怪我して寝ている間にアランがギリアンと王様に許可取りして婚約したんだ。アランはすぐにでも結婚したいって言ってくれてたんだけど、ライラが意地張って全然プロポーズに応じなかったのと準備期間があった方がいいよねってなって一旦婚約に落ち着いた』
伝わったろうかと期待して二人を見る。
ルーベウスは暫し沈黙したのちに開いていたメニューを静かに閉じた。
「ひどくないか?」
テーブルに肘をつき胡乱気な瞳で見てくるので、ギルバードは背筋を伸ばして身を固くする。
『えっ.........ひどいって?』
「王族のプロポーズに応じないなんて彼女はよっぽど本意じゃなかったか他に好きな人がいたんじゃないか?流れを見るとチャリティ前までは隊長といい仲だったのに彼女が怪我で意識不明になったのをいいことにアラン王子が彼女を離宮に留め置いて王族特権で婚約を進めて隊長との仲を無理矢理に裂いたように俺には見え」
『ええっ?!違う!違うよ!!』
三角関係のドロ沼愛憎劇、それもアランが惹かれ合う二人を引き裂く悪役王子としてキャスティングされていると気づき、ギルバードはバタバタと両手を振った。
『ライラもずっとアランが好きだったのに自分なんか釣り合わないし他にいい人いるでしょって卑屈になって意地張って断り続けてたんだ。ちゃんと二人は好き合っててライラも婚約に納得してる』
「ならなんで彼女は隊長とデートしてたんだよ」
『デートって王都の武器屋に行った時の話でしょ?それは俺が脱皮期間で出歩けなくてライラが暇してたから代わりにナインが行ってくれたってだけでデートじゃない。ライラとナインは仲良しで冗談も言い合える間柄ではあるけど付き合ってないよ』
「.........ほんとに隊長とはなにもなかったのか?」
『なにもない!二人に聞いてみればわかる』
ルーベウスは暫く腕組みをして怪しむ顔を崩さずにいたが、ギルバードの真剣な目にやがて腕を解き力ない吐息をついた。
「そっか。なんだー、やっと隊長に春が来ると思ってたのにな。期待して損した」
テーブルに突っ伏して拳でトンと天板を叩く。
「隊長あんなカッコいいのに最近は一日中汗だくで令嬢のあしらいも適当で婚約者どころか女っ気もどんどんなくなって」
「.....女っ気皆無はお前も言えたものでは」
ゼクソニアンが低く口にした言葉にルーベウスはガバリと頭を上げて睨みつけた。
「お互い様だろっ!お前なんて令嬢の方を見もしないくせに」
「見ようと見まいと寄って来る気色がない」
「顔が怖いんだよ!見てみろ鏡を。いつもニコニコしてるミカはしっかりモテてるだろ」
ギルバードは二人の顔を交互に見て、ゼクソニアンはともかくルーベウスにとっては女っ気やモテるということは重要事項のようだと思った。
『ルーベウスは早く結婚したいの?』
「全然。いろいろ遊びはしてみたいけどな」
『ふうん?』
デートをしたり一緒に機械人形制作をしたりするのだろうかと漠然と考えていると、ルーベウスはなにやら含みのある笑顔を向けてきた。
「な、ギル。最近令嬢から手紙やら差し入れやらたくさんもらってるよな」
『うん。もらってる』
手紙は離宮のカーペットの下に隠しており、差し入れのお菓子は紙にくるんで処分していた。
「令嬢の中で、いいなって思う娘はいないのか」
『いないよ』
「でも今のギルは完全に人間の姿だよな。誰かとそういう関係になろうと思えばなれるんじゃないか?」
『えーと......』
そういう関係とはまさか恋仲を指すのだろうか。
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